418.ムナーリと柳宗理の交流2024年07月12日 20:04

柳宗理デザイン研究会HPより拝借
前項でご紹介した、1959年の瀧口修造(美術評論家)によるムナーリ紹介記事の中に気になる記述がありました。

「ムナーリは日本の紙製ののぼりや水引など出してみせ、ニューヨークで買ったものだと言った。そしてヤナギ(宗理氏)の名をなつかしそうにあげた。」

…ムナーリが初めて日本を訪れたのは1960年日本で開催された国際デザイン会議出席のはずですが、1958年(瀧口がミラノのムナーリを訪ねた年)の時点で、すでに日本の工業デザインの父であり、美学者柳宗悦の長子、柳宗理との交友が始まっていたことが読み取れます。

はたしてムナーリと柳はどこで知り合って意気投合したのか、おそらくデザインに関する海外での会議の場であったのではないか?と想像していますが、現時点では定かではありません…

415.子どものおもちゃのデザイン2024年05月16日 13:24

1979年パルマ大学が企画したムナーリの大規模回顧展に関連して、美術史家のアルトゥーロ・カルロ・クインタヴァッレ(パルマ大学教授)がムナーリにインタビューした記事を発見しました。
INTERVISTA A MUNARI di Arturo Carlo Quintavalle
クインタヴァッレ教授の質問は、ムナーリの芸術活動からデザインまで広く詳細なポイントをついた内容で興味深いのですが、その中から「子どものおもちゃのデザインにとって大切なことは?」という問いとムナーリの答えを紹介してみます。

クインタヴァッレ教授の質問
Qual'è secondo lei il modo corretto per affrontare il problema della progettazione del giocattolo in relazione agli schizzi del 1952 per il gatto flessibile?
1952年の柔軟なネコのポーズのドローイング(※後に発泡ゴム製の玩具「ガット・メオ・ロメオ」として具体化された)に関連して、玩具デザインの課題にアプローチするための正しい方法は何だと思いますか?

ムナーリの返答:

Il modo più corretto di affrontare il problema della progettazione di un giocattolo, è quello di immedesimarsi nella natura infantile. Considerare ciò che un bambino può aspettarsi da un giocattolo. E siccome il bambino è di fronte al mondo in modo globale, non si può progettare un giocattolo solo bello da vedere, senza preoccuparsi che sia anche piacevole da toccare, che abbia un giusto peso, che sia modificabile, trasformabile, smontabile, componibile. E poi che il materiale usato non sia tossico, che non ci siano troppi spigoli o punte, che costi il meno possibile. Meglio ancora è insegnare ai bambini a costruirsi i giocattoli.
玩具をデザインする課題に取り組む正しい方法は、子どもの性質に共感することです。子どもはおもちゃに何を期待するのかを考えることです。そして子どもは多様(グローバル)な方法で世界と向き合っているのですから、視覚的に美しいだけの玩具をデザインすることはできません。そして使用されている素材が無害であること、角や尖った部分が多すぎないこと、できるだけ製造コストがかからないことです。もっとも良いのは、子どもたちに自分でおもちゃを作ることを教えることでしょう。

409.駒形克己さん(追悼)2024年04月03日 11:10

駒形克己さん
2024年3月末にグラフィックデザイナーの駒形克己さんが亡くなられたとの報がありました。
駒形さんは2007年の板橋区立美術館でのムナーリ展会場デザインを担当されていましたが、絵本のデザインなどにムナーリとつながる要素があって、イタリアでも高く評価されたデザイナーでした。
2010年雑誌に駒形さんがムナーリについての思い出を語られているものがあったので、一部を紹介して謹んでご冥福をお祈りいたします。

私がムナーリに出会ったのは、1980年の初頭で、まだニューヨークにいたときでした 。
日本では「本に出あう前の本」と訳されている『プレ・ブックス」という12冊のセットになった小さな本を偶然書店で見つけました。
これは子どもたちが、いわゆる一般的な本に出会う前に、本そのものの概念を直感的に体験で きるものです。
しかし初めて見たときは、とても子どもに向けた本には思えませんでした。
それは俗に言う、可愛らしくも子どもらしくもなかったからです。どうして、こういうものをつくったんだろうと思いました 。
でも、その時はその程度の関心で、しばらくは本棚にしまって いたのですが、娘が生まれたときに試しに取り出して渡したところ、これが、とてもよく遊び、すぐボロボロになってしまいました。
それで、 なぜなんだろうと改めて考えました。
そして分かったことが、ムナーリは、子どもの好奇心を引き出す道具として本をつくり、遊びながら学習体験が得られる工夫を所にちりばめていたのです。
たとえば 「プレ・ブックス』の中には、猫の尻尾のようなものが貼付けてある黒いフェルトの本があります。
現在は動物愛護上の問題からフェイクの毛が使 用されているようですが、当初のものは本物の動物の毛でした。
子どもはどうするかというと、 当たり前のようにそれを掴んでグッと引っぱります 。それはそうですよね。
何と言っても子どもは好奇心にあふれてま すから、自分で確かめずにはいられない。
けれども、もし実際に猫の尻尾をいきなり引っぱったとしたならば、逆に猫に引っ掻かれちゃうかも知れませんよね(笑) 。
ムナーリはそんな子どもの好奇心を壊さないように、むしろ安全な手段によって、子どもが実物の猫と向き合う前に 尻尾の感触を本の中で体験させてくれるのです。
さらに言うと、それは子どもに限ったことではないですよね 。 大人にとっても好奇心を持続する工夫が必要になります。
ムナーリは、いわゆる未来派のアーティストでしたが、次第にデザイン的な分野を先駆的に切り開いた人でもあります。
つまり「人と共有する」という手法を、デザインの中に見出していったのだと思います。
私がムナーリから受けた影響は、決して独りよがりの表現ではなく、むしろ表現を通して、ヒトと共有し共感することの大切さを学べたことだと思っています。

「美育文化」2010 11月号

402.モジュールの玩具1977-20242024年03月05日 22:24

モジュールの玩具1977-2024
2024年2月13日にヴェローナのチルドレンズ・ミュージアムを訪問しました。
Children's Museum Verona
https://www.cmverona.it/en/
このミュージアムはミラノやジェノヴァ、ローマの子どもミュージアムと協力して2020年3月にイタリアで新型コロナウイルスのパンデミックが発生した緊急事態の中で「子どものための新型コロナウイルスを知る絵本」を世界中に向けて、いち早く発信したところです。
施設や運営内容もとても興味深かったのですが、帰り際にお土産に頂いた、プラスチックの小さなモジュールを組み合わせて色々な構造が作れるおもちゃを日本に持ち帰り、ふと偶然にムナーリの名著『ファンタジア』を開いてみたら全く同じものが紹介されていることに気づいてびっくりしました。
もしかすると、イタリアでは昔からポピュラーなおもちゃなのでしょうか…?

401.ムナーリの教育玩具と教育学者の視点2024年03月04日 08:30

ムナーリの教育玩具
2024年2月にミラノの「スパツィオ・ムナーリ」で閲覧したダネーゼ社の教育玩具に関する講演会資料の中から、教育学者マントヴァーニのスピーチを解読してみました。
マントヴァーニ先生には2023年12月に直接会う機会を得たのですが、ご高齢になっても教育現場と保育者養成の最前線で活躍されています。
テキストのスピーチは今からおよそ半世紀前のこととなりますが、以下に紹介するスピーチの結びの部分からも、教育現場に身を置く専門家としての貴重な指摘を読み取ることが出来ます。

Chiaramente un materiale bello come questo implica dei costi elevati, ma proprio il carattere della riunione di oggi mi fa credere che essi siano pensati soprattutto per le scuole più che per i singoli, per una utilizzazione di gruppo. Sono giochi-idee che possono dare, a scuola, lo spunto per altre idee, per la creazione di altri materiali.
I genitori per i quali giochi come Più e Meno siano significativi sono certo poco rappresentativi, numericamente. Mi pare molto più interessante pensare ad un'utilizzazione di gruppo, nella scuola.
このような美しい教材は明らかに高いコストを必要とするでしょう。しかし今日のイベント(講演会)の性質から見て、これらの教材は個人向けというよりは学校向けであり、集団で使用するためのものだ、と私は考えています。これらは学校にとっての他のアイデアや教材作りのヒントになるアイデアの玩具になるでしょう。
「プラス・マイナス」のような玩具が重要な意味を持つと考える保護者は、数字的に見て明らかに代表的ではないでしょうから。それよりも、(これらの玩具の)学校での集団利用を考える方がはるかに興味深いことでしょう。
Vi è anche un rischio, però, nella cosa troppo bella, troppo astratta. E' necessario che vi siano persone che producano materiali per la scuola ad un certo livello qualitativo, anche estetico, ma essi devono avere un continuo feed-back dalla scuola perché possono anche sbagliare, creare strumenti troppo rarefatti che non troverebbero una collocazione possibile nella situazione scolastica reale. Non si tratta solo di un coinvolgimento, bensì di una esplicita richiesta alla scuola, da parte di tecnici, intellettuali, da parte dell'Università per rendersi conto di quali siano i bisogni reali e quindi avviare ricerche e proposte che a questi rispondano. Ciò non è del tutto nuovo nella scuola dell'infanzia; abbiamo avuto esperienze di base molto avanzate e da queste è venuto lo stimolo per la ricerca, per la produzione di materiali adeguati e nuovi per situazioni e problemi concreti. Mi pare importante che vi sia un sempre maggiore coinvolgimento ed impegno delle istituzioni culturali nei confronti della scuola, ma questo impegno deve essere provocato e controllato soprattutto dalla scuola stessa. Nessuno di noi vuol più vedere il « ricercatore » che va nella scuola, conduce il suo esperimento e scompare, magari scrivendo poi un bel libro che nessuna insegnante leggerà. Ciò vale anche per questi materiali: c'è chi li fa ed è già molto; si deve ora trovare il modo per provarli, vedere se e come funzionano, se vanno adattati, quali altri andranno creati; avviare, insomma, un processo vero di scambio con la scuola.
しかし、そこにはリスクもあって、それは教材が美しすぎたり、抽象的すぎることでしょう。学校向けの教材を美的にも一定水準の品質で作る人がいなければならないでしょうし、 また彼らは学校から継続的にフィードバックを受ける必要があります。なぜなら彼らもまた間違えたり、実際の学校の現場で用いることができない希薄すぎるツールを作ってしまうこともあるからです。それは単なる関与ではなく、技術者や知識人、大学の側からの学校への明確な要請であり、真のニーズが何であるかを認識し、それに応える研究と提案を開始することです。これは幼児学校においてまったく新しいことというわけではありません;私たちは非常に高度な基礎的経験を積んでおり、そこから研究への刺激や具体的な状況や問題に対する適切で新しい教材を生み出す刺激を受けてきました。私は文化機関が学校への関与を強め、コミットメントしていくことは重要だと思いますが、このコミットメントは何よりも学校自身が誘発しコントロールしなければならないものです。私たちはもう誰も「研究者」が学校に行って実験を行ってはすぐに姿を消し、おそらくその後で誰も読まないような素敵な本を書くことなど見たくありません。これらの教材について何が役立つのか: そういったものを作る人はすでにたくさんいます;それを試す方法を見つけなければなりません。それがうまくいくかどうか、どのように機能するか、適応させる必要があるかどうか、他にどのようなものを作る必要があるか、要するに、学校との真の交流のプロセスを始めるのです。

ATTI DEL CONVEGNO
PROGETTO SCUOLA
PROMOSSO DALLA DANESE GIOCHI DIDATTICI
DANESE MILANO 15 APRILE 14 MAGGIO 1977

399.ムナーリの教育玩具資料(1977)2024年02月26日 17:46

2024年2月のイタリア調査で、2023年アキにミラノにオープンした「スパツィオ・ムナーリ」を訪問することができました。
いずれ別のトピックとしても紹介したいと思っていますが、ギャラリーショップのような空間の一角には世界各国でこれまで開かれたムナーリの展覧会カタログなどが閲覧できるようになっています。 (その中には日本での展覧会資料もしっかり備えられていました)
個人的に、大きな収穫だったのはムナーリがダネーゼ社のためにデザインした教育玩具シリーズに関する講演会資料があったことです。
1977年といえばムナーリがミラノのブレラ美術館ではじめて子どものための大きなワークショップを実現した年でもあり、この時期からムナーリがどれほど真剣に子どもの創造性教育に関わろうとしていたかを伺うことができます。
ムナーリ自身はこの講演会でスピーチしていませんが、教育学者でコラボレーターだったベルグラーノ、息子で認識論学者のアルベルト氏の他にも現在も現役でミラノ・ビコッカ大学と附属幼稚園での指導にあたっているスザンナ・マントヴァーニ教授などがムナーリのデザインした教育玩具と子どものアクティビティについて論じているようです。
これから、写し取ってきた内容をじっくりと分析していこうと思っています。

393.「猫のメオ・ロメオ」について2023年12月17日 10:24

ムナーリのデザインした猫のおもちゃ「メオ・ロメオ」について、ピレッリのアーカイブらしきウェブページにムナーリ本人による説明をみつけました。
「発砲ゴムとナイロンのヒゲをもった猫のメオ・ロメオ(Gatto Meo di gomma piuma ha i baffi nailon)」
Pirelli RIVISTA D’INFORMAZIONE E DI TECNICA
https://www.rivistapirelli.org/en/book/umanesimo-industriale/
猫がやわらかく、なめらかで、清潔で、いろいろな体勢にさせてもフィットし、どこにもおしっこをせず、毛づくろいをする必要もなく、餌をやる必要もなく、そして例えば、ナイロンのひげがあれば、これ以上何を望むべきだろう?実際、メオ・ロメオに足りないものは何か?彼に足りないのは声で、それは承知しているが、モナリザだって同じ事だ。モナリザは触っても柔らかくないし、動かないし、振り向かせることもできない。 メオ・ロメオは、現代の子どものためにデザインされた新しい発砲ゴム性のネコなのだ。それは生まれたばかりの子猫の背丈に近く、手のひらより少し大きいサイズのメオは、黄色い目をした黒猫で、他にも白や黄色、グレー、茶色、など…の兄弟がいる。みんなメオと呼ばれ(名字がメオ、姓がロメオ)、メオはズッキーネの季節に生まれた。 私にとって、子どもの本やおもちゃをデザインしその製作プロセスを見守ることは喜びだ。子どもたちは理想的な公衆であり、自分の欲しいものを知っていて、先入観がなく、気に入らないことがあれば、お世辞を言うこともなく、すぐに気持ちを口にする。大人達も層であれば関係はもっとシンプルになるだろうに。 猫の設計図を見ながら、私は笑みを浮かべずにはいられなかった。大きな紙の上に、コンパス、定規、ミリメートルを使ってひとつひとつ目盛りがつけられ、まるで交通監視員が車を止めるように、猫の足と尻尾、A-B断面、右側面、猫の尻尾の縦断面などがデザインされていく。その後、金型や反転型、最初のモデル、そして難関となる猫のひげの取り付け。しかし、今やすべてが完成し、製造の準備が整ったようだ。 私もこの量産化を推進したいが、巨大で複雑な機械だらけで,まるで一つの町のような工場群の中で、どうすればいいやら、私ブルーノ・ムナーリは体重48キロで多くの仕事を混乱させたくはない 、私のネコが街角で、クリスマスに飼い猫をせがむ多くの子どもたちと一緒になれる日を待っている。
Quando un gatto è morbido, liscio, pulito; quando lo puoi mettere molte diverse posizioni e lui ci sta, quando non fa la pipi in nessun luogo, non devi curarlo, non dargli da mangiare e poi, dicom quando hai baffi di nailon cosa vuoi di più? Che cosa gli manca infatti a Meo Romeo? Gli manca la voce Io so, ma alla Gioconda. E la Gioconda non è morbida al tatto, e’ immobile, non puoi farla voltare. Meo Romeo è il nuovo gatto di gommapiuma ideato pervi bamnpbini modrni. Grande poco più di un palmo, misura simile alla statura dei gattini da poco nati, Meo è gatto nera con occhi gialli ea ha altri fratelli: uno bianco, uno gialli; uno grigio, uno marrone e uno... Tutto si chiamano Meo (Meo dl nome e Romeo di cognome) e il Meo è nato al tempo delle zucchine. Per me, devo dirlo, è un picere ideare e seguire la costruzione dl libri o di giocattoli bambini. I bambini sono un pubblico ideale, sanno quello che vogliono, non hanno preconcetti, se una cosa non gli piace Io dicono subito senza tanti complirnenti, anche gli uomini fossero cosi sarebtero semplificati molti rapporti. Mentre seguivo i disegni costruttivi del gatto non potevo trattarmi dal sorridere. Su di un grande foglio di carta, scala uno a uno, con compasso, riga e miIIimetri, il gatto aperto come un vigile che fermi le macchine anche con le gambe e la coda, sezione A-B, fianco destro, sezione longitudinale della coda del gatto e via progettando. Poi gli stampi e i cotrostampi e i primi modelli, poi un punto diffidle: l'attacco dei baffi del gatto. Ma ora sembra tutto finito e per la produzione. Vorrei anche sollecitare questa produzione ma come faccio, in quell'enorme complesso di stabilimenti, grande come un paese, dove si muovono interessi grossi, io, Bruno Mimari, del peso di 48 chili, non mi sento di disturbare tanto Iavoro e aspetto il mio gatto all'angolo della strada, assieme a tanti bambini che mi hanno chiesto per Natale Io possono avere.
…クリスマスのプレゼントにぴったり、と書いていますね。

379.ムナーリの「本を着る服」2023年04月14日 06:07

「本を着る服」
ここ数年はコロナ・パンデミックの影響で開催時期が不規則だったミラノ・サローネ(国際家具見本市)が、以前と同じ4月に開催されるようです(2023年は4月18日から23日)。
かつてはデザインの仕事で毎年詣でていたのですが、振り返るともう10年以上のご無沙汰になってしまいました。
残念ながら今年も渡伊はかないませんが、ムナーリの著書を数多く出版しているコッライーニ社が、家具メーカーでないにも関わらず見本市にブックショップのブースを出展するそうです。
厳密にはサローネと同時期に隔年開催されるユーロルーチェ(国際照明器具見本市)のエリアでの出展、とのことですが、面白い試みだと思います。
何よりも展示の目玉が、ムナーリのデザインした「本を着る服(ベスト)」というのが興味深いところで、おそらくムナーリのスケッチを実際に着られる物として作ってみた、ということなのでしょう。

Quando nel 1992, in occasione della Fiera di Belgioioso, Maurizio Corraini ha chiesto a Bruno Munari di progettare un espositore che potesse far vedere i libri, Munari ha fatto un gilet. Quest'anno Corraini compie cinquant'anni e ci piaceva tra le varie cose cogliere l'occasione di rimettere in produzione questo progetto a cui teniamo molto e che adesso ricostruiamo grazie all'aiuto di Lenzing e in collaborazione con Blue of a Kind.
1992年のベルジョイオーゾの見本市の際マウリツィオ・コッライーニ(※コッライーニ社の創業者、ムナーリの友人)はブルーノ・ムナーリに本を見せるディスプレイのデザインを依頼し、ムナーリはこのベストを作りました。今年、コッライーニは設立50周年を迎えますが、私たちはこの機会に私たちが特に大切にしているこのプロジェクトを、レンツィング(Lenzing)の協力とブルー・オブ・ア・カインド(Blue of a Kind)とのコラボレーションにより、リプロダクションしたいと考えています。

https://www.cieloterradesign.com/editorial/milan-design-week/2023/pietro-corraini-al-b-b1c9e0
アクセス:2023.04.13.
もしかしたら、商品として販売されるのかもしれません。。。

371.デザイナー・ムナーリの神技(エイナウディ、ムナーリを語る)2023年01月04日 21:55

EINAUDI EDIZIONI
ムナーリは芸術家であり著作家でありデザイナーであり教育者でもありましたが、社会的に彼が最も活躍した分野は書籍や雑誌のデザイン、いまで言うところのアート・ディレクションだったようです。
イタリアの著名人たちがムナーリの思い出を語る中でしばしば語られているのが「ムナーリのレイアウト能力の的確さと速さ」です。これまでにも記号論学者ウンベルト・エーコの回想(100)やデザイナー、アレッサンドロ・メンディーニの回想(225)を本ブログで紹介したことがありましたが、ムナーリに多くの出版物のデザインを依頼したイタリアの出版社の創設者ジュリオ・エイナウディの回想をご紹介します。

ムナーリとのコラボレーションは1942年に始まった。当時「児童と青少年のための本」名付けられたシリーズがあり、彼はその年に二つの作品:『ABCの本(Abecedario)』『ムナーリの機械(Le macchi ne di Munari)』を出版した。それらの本はイラストレーションをベースにしていて、彼は書籍の最初のグラフィックデザイナーとして関わり、彼の初期の活動から私はムナーリがエイナウディの本の形式的な概念を覆すことになると理解した。すぐに彼は(エイナウディ社の)コンサルタントとなって、約四十年のあいだ定期的にトリノを訪れ、新しい出版シリーズのグラフィックデザインや表紙の選択、その時々に必要なロゴやブランドのデザインなどを担当してくれた。彼とは何百回もミーティングをしたことを覚えている。彼が到着すると、私たちはあらかじめ彼が装丁する本の束を用意していた:彼は電光石火の創意で、コンテンツに即座に強い手応えを与えることができた。彼は文字の書体も、色も、画像も、自分で選んだ。彼は非常に速い精神の回路を持っていて、それらが彼の手の中で具体化した。彼の手は作用し、まるで加速するフィルムのように創造した:彼は手を使って考えているかのようで、その思考が即座に現実化するのだ。ムナーリは時を経ても残るグラフィックのアイデンティティを考案し、私たちの本を確かなものにしてくれた。しかし、ムナーリはエディトリアルグラフィック・アーティストだけの存在ではなかった:(彼の手で)不思議なオブジェたちが美しい芸術作品になり、彼のマルチプル(※作品)のいくつかは私が所有している最も貴重なものの一つなのだ。

EINAUDI
Giulio Einaudi
La collaborazione con Munari è iniziata nel 1942. Allora avevamo una collana che si chiamava "Libri per l'infanzia e la gioventù" e lui pubblicò in quell'anno due titoli: Abecedario e il famoso Le macchi ne di Munari. Essendo libri basati sulle illustrazioni, partecipò in prima persona alla progettazione grafica dei volumi, e già da quelle prime esperienze capimmo che Munari avrebbe stravolto la conce zione formale dei libri Einaudi. Fu immediatamente cooptato come consulente e per circa quarantanni sarebbe venuto periodicamente a Torino a proget tare la grafica delle nuove collane, a scegliere le copertine, a disegnare un logo o un marchio che di volta in volta ci serviva. Lo ricordo in centinaia di riunioni. Lui arrivava e noi gli avevamo già preparato una pila di libri da copertinare: con un'inventiva fulminea riusciva a dare immediata rispondenza for male ai contenuti. Sceglieva i caratteri, i colori, le immagini. Aveva dei circuiti mentali rapidissimi che si coagulavano nelle mani. Le sue mani agivano, creavano come in un film accelerato: sembrava che pensasse con le mani e che il pensiero diventasse realizzazione in tempo reale. Munari ha inventato un'identità grafica che è rimasta nel tempo e che ha reso inconfondibili i nostri libri. Ma Munari non era un artista solo nella grafica editoriale: gli oggetti fantastici che sapeva inventare sono diventate bellissime opere d'arte e alcuni dei suoi multipli sono fra le cose più preziose che conservo.

Beppe Finessi, "SU MUNARI", Abitare Segesta Cataloghi, 1999

370.ムナーリのメッセージ(1965)2022年12月28日 21:46

ムナーリのメッセージ
子どものための造形教育について、もう半世紀もつづいている「幼児造形教育研究会」という集まりがあります。
数年前からお手伝いに伺うようになり、いろいろ学ぶことが多いのですが、その最初期の中心人物であったという林健造さんが1965年に東京・伊勢丹で開催されたムナーリ展について当時の美術教育雑誌に寄稿していることがわかりました。
今回はその中に紹介された、ムナーリのメッセージをご紹介します。

 昼と夜と
 世界をまわる
 暁に黄昏があいつずく

 詩と実践は本来一つのもの
 樹・ガラス・動物も
 実践の要求から生まれた自然の形
 その多様な形

 デザイナーは美を
 単純さのなかに
 詩を実践のなかに
 自然さを表現のなかに再発見する

メッセージの和訳は、もしかすると展覧会を企画招聘した瀧口修造の手によるのかもしれません。
林さんのムナーリ展の印象と子どもの教育に関する論考は、いずれあらためて紹介できればと思いますが、ムナーリが自らワークショップの実践に着手する12年も前に、ムナーリの造形と教育の関係を日本でも考えている人たちがいたことに感銘を受けます。
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このブログについて

イタリアの芸術家+デザイナー+教育者、ブルーノ・ムナーリのことなどあれこれ。
こちらにもいろいろ紹介しています(重複有)https://fdl-italform.webnode.jp/

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