406.史上最大のムナーリ展2024(2)2024年03月18日 13:36

MUNARI TUTTO
イタリアはパルマではじまった、過去最大規模のムナーリの回顧展「ムナーリの全て(MUNARI TUTTO)」のオープニングに参加した方たちが、会場の様子を写真で知らせてくれました。
なんと展示作品は250点を超える規模だそうですが、それでもムナーリの全仕事には遠く及ばないというのが驚きです。
また、イタリアの美術メディアにもあちこちで紹介がはじまっているようです。
その中のひとつから、展覧会のキュレーターの言葉を含む記事の一部を紹介してみます。

ARTRIBUNE
Chi era Munari e qual era il suo metodo
“Munari”, spiega Marco Meneguzzo, studioso munariano e curatore della mostra, “è una figura molto attuale nella società liquida odierna, nella quale non ci sono limiti fra territori espressivi. È un esempio di flessibilità, di capacità di adattamento dell’uomo all’ambiente. Il suo metodo consiste nello scoprire il limite delle cose che ci circondano e di volerlo ogni volta superare”. Munari aveva iniziato la propria attività durante il cosiddetto Secondo Futurismo, attorno al 1927, in tutti campi della creatività, dall’arte al design, dalla grafica alla pedagogia: una ricerca votata alla sperimentazione, fino agli esiti degli anni Ottanta del Novecento e a un’attività didattica destinata ai bambini che ancora oggi è ritenuta validissima in termini educativi.
ムナーリとは何者で、彼のメソッドとはどんなものだったか
「ムナーリとは」この展覧会の監修者でありムナーリの研究者であるマルコ・メネグッツォはこう説明する「彼は、表現領域に制限のなくなった今日の流動的な社会において、非常に重要な人物です。彼は柔軟性の見本であり、環境に適応する人間の能力の見本でもあります。彼のメソッド(方法論)は身の回りにあるものの限界を発見し、そのたびに克服しようとすることでした。」ムナーリは1927年頃、いわゆる第二次未来派の時代からはじまって芸術からデザイン、グラフィックから教育:1980年代の実践に至るまでの周到な実験による研究と、そして今日なお教育的に非常に有効と考えられている、子どもたちを対象とした教育活動まで、あらゆる創造性の分野で活動した。

ARTRIBUNE
Bruno Munari a Parma. Grande mostra alla Fondazione Magnani-Rocca di un artista totale
di Claudia Giraud 14/3/2024

405.ミラノの幼保小一貫校とムナーリの教育2024年03月16日 22:21

ミーレ・バイリンガル・スクール
2024年2月のイタリアでの調査の際に、ムナーリのお弟子さんだったデツァーニさんが指導されているミラノ市内の「ミーレ・バイリンガル・スクール」を訪問しました。

Mile Bilingual school

ミラノ市南部の閑静な住宅街にある私立学校で、こちらもすでに紹介したパルマの「ムナーリ・スクール」のように保育園、幼稚園、小学校が揃った私立の一貫校です。
ただしこちらのスクールはそもそも企業オーナーが従業員の子弟のために開設されたもので、国際企業で国外から転勤してくる家族のことを考えてバイリンガルスクールになっているとのこと。
デツァーニさんはこの学校が設立された20年前にこの学校における造形活動のアドバイスを求められ、最終的にご本人が指導することになって20年が過ぎた、と言われていました。
小学校、幼稚園、保育園は隣接している別の建物にあって、それぞれにワークショップルームが用意されており、子どもの発達に会わせた形でムナーリの教育のエッセンスが活かされた造形活動を行っているとのことでした。
イタリアの公教育では、近年0歳から6歳の統合保育(日本の「こども園」の構想以上に、子どもの成長を連続的にサポートする意図が強調されています)が進められていますが、さらに幼保小の連携について、ミラノやパルマの私立校がこのような試みを展開していること、その中にムナーリの教育思想が取り入れられていることが分かり、発見の多い調査となりました…。

404.祖父ムナーリを語るインタビュー2024年03月13日 08:12

“VENERDI” 2024 8 Marzo
ミラノでお会いしたムナーリのお弟子さんの一人ミケーラ・デツァーニさんから、ムナーリのお孫さんのインタビュー記事を紹介してもらいました。
「金曜日(VENERDI)」という週刊誌の2024年3月8日号に掲載されたもので、ムナーリの二人のお孫さん:ヴァレリアさんとブルーノさんが祖父の思い出を語っているので、その一部を紹介します。

“VENERDI” 2024 8 Marzo
Bruno Munari È STATO TUTTO UN GIOCO PERI NIPOTINI
Di Marco Romani

Attraverso le illustrazioni dei libri per bambini ripubblicati da Corraini, o da un letto come Abitacolo, abbiamo l'idea di un Bruno Munari attento allo sviluppo dell’ immginazione dei più piccoli. Com’era con voi nipoti, nel privato?
«Durante i nostri soggiorni a Milano, o le vacanze, condivideva con noi il suo senso di osservazione e la sua passione per il gioco, la sperimentazione, la meraviglia. Aveva la capacità di mettersi al nostro livello e di farci scoprirei l suo mondo».
(問い)孫のあなた方にとって、私生活の彼はどのような人でしたか?
「私たちがミラノにいる間、あるいはバカンスの間に、祖父は私たちと彼の観察のセンスや遊びへの情熱、実験や驚きを共有してくれました。祖父は私たちに世界を発見できるように私たちの目の高さに合わせることができる人でした」

Vi ha mai letto i suoi libri?
«Quando arrivavamo a Milano, una delle prime cose che faceva era mostrarci tutte le sue ultime realizzazioni, i libri d i design e quelli per bambini. Questo rituale era importante per lui, ma non ce li leggeva. I suoi libri erano a casa, a Ginevra e a Milano, ma dopo che ce li aveva fatti vedere tornavano al loro posto nella biblioteca».
(問い)あなた方に自分の本を読んでくれたことはありませんでしたか?
「私たちがミラノに着くと、初めに祖父がしてくれることは最近できたもの、本や子どものためのものを見せてくれることでした。この儀式は祖父にとって大切でしたが、私たちに自分の本を読み聞かせはしませんでした。祖父の本はジュネーブとミラノの家にありましたが、それらを私たちに見せたら本棚に戻していました」

Lo ritenete più un artista o più un designer?
«Entrambe le cose! Quello che lo definisce meglio è il titolo della mostra a lui dedicata a Torino nel 2017 e di quella più recente in Uruguay: Artista totale. Un creativo che ha lavorato con materiali diversi, associato a diversi movimenti e che era in grado di navigare da una disciplina all'altra».
(問い)あなた方は彼のことを芸術家だと思いますか、デザイナーだと思いますか?
「両方ですね!2017年トリノで、また最近ウルグアイで開かれた祖父の展覧会のタイトル:トータル・アーティストという表現で説明するのがよいでしょう。祖父はさまざまな素材を扱い、さまざまな活動に関わり、ある分野から別の分野へと移動することができるクリエイティブな人物でした」

403.ブルーノ・ムナーリ・スクール(パルマ)2024年03月12日 19:52

ブルーノ・ムナーリ・スクール(パルマ)
ムナーリのお弟子さんだったレステッリさんのご紹介で、2024年2月にパルマという町の「ブルーノ・ムナーリ・スクール」を訪問しました。

Asilo e scuola materna Bruno Munari Parma

イタリアでは著名な芸術家であり教育者でもあったムナーリの名前は、実はイタリア各地の学校に付けられているようです。レッジョ・エミリアにも「自治体立ブルーノ・ムナーリ幼児学校」があります。
しかし今回訪れたパルマの学校は、現校長カソーリさんのお母様がムナーリと親交があったことから、おそらく世界で唯一、生前のムナーリ自身からその名を付けることについて許可を受けた、というものだそうです。
この学校は0〜3歳の保育園と3〜6歳の幼稚園、6〜12歳の小学校が同じ建物の中でつながっている、日本の付属校のような教育施設で、もちろん国や自治体の学校設置基準は満たしながら「教育の独自性を守るために」完全私立(補助金をほとんどもらっていない)なのだそうです。
「ブルーノ・ムナーリ・スクール」ではムナーリの教育メソッドとモンテッソーリのメソッドそれぞれについて公式に認められた研修をもとに、それらをハイブリッドにしたバイリンガル教育をおこなっているとのことです。
イタリアの幼児教育や初等教育のユニークな事例を知ることができました。

402.モジュールの玩具1977-20242024年03月05日 22:24

モジュールの玩具1977-2024
2024年2月13日にヴェローナのチルドレンズ・ミュージアムを訪問しました。
Children's Museum Verona
https://www.cmverona.it/en/
このミュージアムはミラノやジェノヴァ、ローマの子どもミュージアムと協力して2020年3月にイタリアで新型コロナウイルスのパンデミックが発生した緊急事態の中で「子どものための新型コロナウイルスを知る絵本」を世界中に向けて、いち早く発信したところです。
施設や運営内容もとても興味深かったのですが、帰り際にお土産に頂いた、プラスチックの小さなモジュールを組み合わせて色々な構造が作れるおもちゃを日本に持ち帰り、ふと偶然にムナーリの名著『ファンタジア』を開いてみたら全く同じものが紹介されていることに気づいてびっくりしました。
もしかすると、イタリアでは昔からポピュラーなおもちゃなのでしょうか…?

401.ムナーリの教育玩具と教育学者の視点2024年03月04日 08:30

ムナーリの教育玩具
2024年2月にミラノの「スパツィオ・ムナーリ」で閲覧したダネーゼ社の教育玩具に関する講演会資料の中から、教育学者マントヴァーニのスピーチを解読してみました。
マントヴァーニ先生には2023年12月に直接会う機会を得たのですが、ご高齢になっても教育現場と保育者養成の最前線で活躍されています。
テキストのスピーチは今からおよそ半世紀前のこととなりますが、以下に紹介するスピーチの結びの部分からも、教育現場に身を置く専門家としての貴重な指摘を読み取ることが出来ます。

Chiaramente un materiale bello come questo implica dei costi elevati, ma proprio il carattere della riunione di oggi mi fa credere che essi siano pensati soprattutto per le scuole più che per i singoli, per una utilizzazione di gruppo. Sono giochi-idee che possono dare, a scuola, lo spunto per altre idee, per la creazione di altri materiali.
I genitori per i quali giochi come Più e Meno siano significativi sono certo poco rappresentativi, numericamente. Mi pare molto più interessante pensare ad un'utilizzazione di gruppo, nella scuola.
このような美しい教材は明らかに高いコストを必要とするでしょう。しかし今日のイベント(講演会)の性質から見て、これらの教材は個人向けというよりは学校向けであり、集団で使用するためのものだ、と私は考えています。これらは学校にとっての他のアイデアや教材作りのヒントになるアイデアの玩具になるでしょう。
「プラス・マイナス」のような玩具が重要な意味を持つと考える保護者は、数字的に見て明らかに代表的ではないでしょうから。それよりも、(これらの玩具の)学校での集団利用を考える方がはるかに興味深いことでしょう。
Vi è anche un rischio, però, nella cosa troppo bella, troppo astratta. E' necessario che vi siano persone che producano materiali per la scuola ad un certo livello qualitativo, anche estetico, ma essi devono avere un continuo feed-back dalla scuola perché possono anche sbagliare, creare strumenti troppo rarefatti che non troverebbero una collocazione possibile nella situazione scolastica reale. Non si tratta solo di un coinvolgimento, bensì di una esplicita richiesta alla scuola, da parte di tecnici, intellettuali, da parte dell'Università per rendersi conto di quali siano i bisogni reali e quindi avviare ricerche e proposte che a questi rispondano. Ciò non è del tutto nuovo nella scuola dell'infanzia; abbiamo avuto esperienze di base molto avanzate e da queste è venuto lo stimolo per la ricerca, per la produzione di materiali adeguati e nuovi per situazioni e problemi concreti. Mi pare importante che vi sia un sempre maggiore coinvolgimento ed impegno delle istituzioni culturali nei confronti della scuola, ma questo impegno deve essere provocato e controllato soprattutto dalla scuola stessa. Nessuno di noi vuol più vedere il « ricercatore » che va nella scuola, conduce il suo esperimento e scompare, magari scrivendo poi un bel libro che nessuna insegnante leggerà. Ciò vale anche per questi materiali: c'è chi li fa ed è già molto; si deve ora trovare il modo per provarli, vedere se e come funzionano, se vanno adattati, quali altri andranno creati; avviare, insomma, un processo vero di scambio con la scuola.
しかし、そこにはリスクもあって、それは教材が美しすぎたり、抽象的すぎることでしょう。学校向けの教材を美的にも一定水準の品質で作る人がいなければならないでしょうし、 また彼らは学校から継続的にフィードバックを受ける必要があります。なぜなら彼らもまた間違えたり、実際の学校の現場で用いることができない希薄すぎるツールを作ってしまうこともあるからです。それは単なる関与ではなく、技術者や知識人、大学の側からの学校への明確な要請であり、真のニーズが何であるかを認識し、それに応える研究と提案を開始することです。これは幼児学校においてまったく新しいことというわけではありません;私たちは非常に高度な基礎的経験を積んでおり、そこから研究への刺激や具体的な状況や問題に対する適切で新しい教材を生み出す刺激を受けてきました。私は文化機関が学校への関与を強め、コミットメントしていくことは重要だと思いますが、このコミットメントは何よりも学校自身が誘発しコントロールしなければならないものです。私たちはもう誰も「研究者」が学校に行って実験を行ってはすぐに姿を消し、おそらくその後で誰も読まないような素敵な本を書くことなど見たくありません。これらの教材について何が役立つのか: そういったものを作る人はすでにたくさんいます;それを試す方法を見つけなければなりません。それがうまくいくかどうか、どのように機能するか、適応させる必要があるかどうか、他にどのようなものを作る必要があるか、要するに、学校との真の交流のプロセスを始めるのです。

ATTI DEL CONVEGNO
PROGETTO SCUOLA
PROMOSSO DALLA DANESE GIOCHI DIDATTICI
DANESE MILANO 15 APRILE 14 MAGGIO 1977

400.ベバ・レステッリさんの新刊『ひもであそぼう』2024年02月29日 22:40

1980年代からムナーリの指導のもと子どものためのワークショップをおこなってきたベバ・レステッリさんにミラノでお会いしてきました。
これまでベバさんの著書をいくつか手に入れ、特に数年前からは彼女の最初の著書だという『触覚であそぼう(GIOCARE CON TATTO)』を読み込むことでムナーリの教育の研究をまとめてきたので、初めて直接お会いするのに初めてではないような不思議な感じでしたが、日本からやってきた見知らぬ日本人を温かく迎えてくださいました。
ちょうどミラノに着いた翌日、市内の書店でベバさんの本を発見したのですが、これが昨年出版されたばかりの新刊でした。
『ひもであそぼう(GIOCARE CON I FILI)』というタイトルで、糸やヒモの特性を活かしてどんな表現が生み出せるか、という子どもの発想を広げてくれる色々な事例が紹介されているようです。
ベバさんによるとこれまでに7冊ほど、ムナーリの教育とワークショップに関する本を書かれた由、いずれ日本でも読めるようになる日が来ることを願っています。

399.ムナーリの教育玩具資料(1977)2024年02月26日 17:46

2024年2月のイタリア調査で、2023年アキにミラノにオープンした「スパツィオ・ムナーリ」を訪問することができました。
いずれ別のトピックとしても紹介したいと思っていますが、ギャラリーショップのような空間の一角には世界各国でこれまで開かれたムナーリの展覧会カタログなどが閲覧できるようになっています。 (その中には日本での展覧会資料もしっかり備えられていました)
個人的に、大きな収穫だったのはムナーリがダネーゼ社のためにデザインした教育玩具シリーズに関する講演会資料があったことです。
1977年といえばムナーリがミラノのブレラ美術館ではじめて子どものための大きなワークショップを実現した年でもあり、この時期からムナーリがどれほど真剣に子どもの創造性教育に関わろうとしていたかを伺うことができます。
ムナーリ自身はこの講演会でスピーチしていませんが、教育学者でコラボレーターだったベルグラーノ、息子で認識論学者のアルベルト氏の他にも現在も現役でミラノ・ビコッカ大学と附属幼稚園での指導にあたっているスザンナ・マントヴァーニ教授などがムナーリのデザインした教育玩具と子どものアクティビティについて論じているようです。
これから、写し取ってきた内容をじっくりと分析していこうと思っています。

398.史上最大のムナーリ展(イタリア)2024年02月25日 17:39

史上最大のムナーリ展
先日のイタリア滞在中に話は聞いていたのですが、2024年3月16日から6月30日まで、イタリアでは過去最大級のムナーリの回顧展が開催されるそうです。
Mostra Munari a Fondazione Magnani-Rocca, 2024
https://www.magnanirocca.it/
パルマ郊外にあるマニャーニ・ロッカ財団という歴史的建造物を改装した会場で、展覧会の監修をムナーリ研究の第一人者であるマルコ・メネグッツォによって、芸術からデザイン、書籍、教育活動までムナーリの多彩な活動を可能な限り網羅したものになる、とのことです。

397.ベバ・レステッリさん2024年02月24日 19:30

ベバ・レステッリさん
1980年代からムナーリの教育ワークショップの協力者として活動し、ムナーリの教育に関する多くの著書を書かれているベバ・レステッリさんに、ミラノで会うことができました。
本ブログを始めた頃、青山こどもの城でムナーリ展が開催され、その際に来日されたレステッリさんの講演を聴いた記録が残っているのですが当時はムナーリの教育活動について知識がなさ過ぎて内容の理解に至りませんでした。
その後デザインから教育の世界に身を移して、教育者としてのムナーリを中心に調べるようになり、レステッリさんの著作からは多くの学びを得ています。
今回(2024年2月)のイタリア行きでは、直接レステッリさんご本人に会って意見を交わすことができ、またレステッリさん以外にもムナーリと深い縁のある方々と交流することができました。
<< 2024/03
01 02
03 04 05 06 07 08 09
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

このブログについて

イタリアの芸術家+デザイナー+教育者、ブルーノ・ムナーリのことなどあれこれ。
こちらにもいろいろ紹介しています(重複有)https://fdl-italform.webnode.jp/

RSS