469.勘違い2026年04月23日 13:02

ムナーリが1970年代に子どものためのワークショップを企画実現した際に協力した人たちについて調べているうちに小さな発見と自分の勘違いに気がつきました。
ムナーリは1977年ブレラ美術館で大規模な子どものためのワークショップを実現するためにプロジェクトグループを組織した、と自著に書いており、そのメンバーの一人にレナーテ・エーコという名前があります。
よくよく調べてみると、レナーテはムナーリの友人でもあり『バラの名前』の作者として世界的に有名な記号論学者ウンベルト・エーコの奥さんでした。
どういうわけか自分の中で「Renateは男性」という勘違いがあり、調べ方を誤っていたことに気づいた次第です。
レナーテはミュージアム教育の専門家でムナーリのワークショップに協力すると共に、ムナーリが監修した美術教育書シリーズの一冊「Rosso(赤色)」の執筆者にもなっています。

468. 日本ブルーノ・ムナーリ研究会2026年04月21日 12:46

「日本ブルーノ・ムナーリ研究会」
かつて1985年にムナーリを青山の「こどもの城」に招聘した岩崎清さんが「日本ブルーノ・ムナーリ研究会」のHPを作られています。

日本ブルーノ・ムナーリ研究会

本ブログのタイトルと似ていますが、もともと岩崎さんは「日本ブルーノ・ムナーリ協会」の代表という肩書きで活動をされていました。
その後、諸事情からこの名称の使用を取りやめられたとのことで新たに「研究会」と名称をつけられたのだと思います。
「日本ブルーノ・ムナーリ協会」の会員は岩崎さんお一人だとご本人から伺ったことがありますが、この「研究会」も会員限定一名なのかもしれません。
岩崎さんは「こどもの城」関係者ともども長年にわたり日本各地でムナーリのワークショップをおこなわれており、HPには最近の活動情報なども紹介されているようです。

467.ジャンニ・ロダーリの詩2026年04月04日 10:06

2026ミラノ・コルティナ冬季オリンピック開会式
2026年2月にイタリアで開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピックの開会式に、イタリア人のハンドジェスチャーがムナーリの名とともに紹介されたことを過去のトピックでご紹介しましたが、同じ開会式でムナーリの盟友とも言うべき作家ジャンニ・ロダーリの詩が紹介されていたようです。

2026ミラノ・コルティナ冬季オリンピック開会式

詩のタイトルは「Promemoria:覚え書き」といった言葉で、子どもの目線から、現代の暴力と強欲による戦争が各地で悲劇を起こしている状況に抗議申し立てをしているような内容になっています。ロダーリもまた第二次大戦下でファシズムに抵抗したレジスタンスの一人でした。

Ci sono cose da fare ogni giorno:
lavarsi, studiare, giocare,
Preparare la tavola, a mezzogiorno.
Ci sono cose da fare di notte:
chiudere gli occhi, dormire,
avere sogni da sognare,
orecchie per non sentire.
Ci sono cose da non fare mai,
né di giorno né di notte,
né per mare né per terra:
per esempio, la guerra.

毎日やるべき、いくつかのことがある:
体を洗うこと、勉強すること、遊ぶこと、
お昼に食事を準備すること。
夜にもやるべきことがある:
目を閉じて眠ること、
夢見るための夢を持つこと、
何も聞こえないように耳をふさぐこと。
決して、してはいけないことがいくつかある:
昼も、夜も、
海でも、陸でも:
それは例えば、戦争だ

よりくわしい説明は、別のウェブページ(pdf)で見ることができました。

詩の解説(日本語)

466.ムナーリの生涯2026年03月19日 16:04

Antiquariumu Milano ブルーノ・ムナーリ
ムナーリの生涯について確認したいことがあって、あれこれウェブページを見ているたところ、日本語でかなり詳細にムナーリの生涯と各時代の仕事を説明しているページに出会いました。

Antiquariumu Milano ブルーノ・ムナーリ

イタリアのキッチン用品から書籍などまで、幅広く商品を紹介して注文ができるショップのサイトのようです。
日本語でアクセスできる情報源からだけではわかりにくいことまで紹介されており、もしかすると、イタリア語で作成された内容を現地の日本人スタッフが翻訳されているのかもしれません。

465.「ブルーノ・ムナーリ学校」再訪とムナーリの教育2026年03月13日 23:08

2026年2月に、パルマの「ブルーノ・ムナーリ学校」を再訪しました。
前回は2024年に初めてお邪魔したのですが、今回は日本の教育関係者のみなさんと一緒に学校の子どもたちと交流する機会も頂くことが出来ました。
二十名を超える私たち見学者に、学校の代表カソーリさん(ブルーノ・ムナーリ協会による「ブルーノ・ムナーリ・メソッドⓇの指導者認定を受けた方です)が「ムナーリの教育とは」というお話をしてくれたのですが、イタリアの教育者によるムナーリの教育の説明として、その内容の一部を業障解したいと思います。

Allora, intanto, il discorso di chiamarlo metodo. Vuol dire che è un modo per fare qualcosa. Che si può applicare a qualsiasi cosa. Tanto che diventa una visione di vita. E Bruno Munari diceva che era importante tenere vivo il bambino che c'è in noi. Perché il bambino nasce libero. Sono gli adulti che lo costringono in qualcosa. Gli danno limiti. E cercano di farlo pensare come pensano loro. Invece, con questo metodo, il bambino viene rispettato per quello che è. Ognuno nella sua diversità e nei suoi tempi e modi di apprendimento. Quindi il bambino non va riempito di nozioni, ma va accompagnato nel suo percorso. ...Per fare, per fare questo ci sono dei concetti molto importanti da rispettare. Il primo è sospendere i giudizi. Giudicare in italiano di solito ha una connotazione, un significato negativo. Vuol dire che quello che io penso di te non può cambiare. È come dire a un bambino: tu non sei capace e non sarai mai capace di fare questa cosa. Invece, sospendere i giudizi vuol dire che l'insegnante non deve pensare questo. Se vede che il bambino ha delle difficoltà. Non deve dare colpa al bambino. Ma deve trovare lui nuove strategie. Per portarlo dove pensa che possa arrivare. Perché per Munari non è importante il fine, ma il percorso.
なぜ彼は自分の教育をメソッド呼ぶことにしたのでしょうか。 つまりそれは、学びを得るために行う活動のひとつの方法である、ということです。 そしてその方法はあらゆる学びに応用できるものです。 それはものごとを見るための、ひとつの世界観になるのです。 ブルーノ・ムナーリが大切だ、と言ったのは、私たちが各々自分自身の中に子どものころの心を生かさせないといけない、ということでした。つまり私たちは大人になっても心の中に子どもの心を保つことが、とても大切だというのです。 なぜなら子どもは生まれながらに自由だからです。大人になるといろいろなものごとによって束縛され、限界を作ってしまいます。 私たち大人は、子どもたちにきまったやりかたで考えさせようとしがちです。 ですが、彼のメソッドでは、子どもはそのままに尊重されるべき存在なのです。 子どもそれぞれの多様性、それぞれのペースと学習方法において、です。 ですから、子どもたちは知識を詰め込まれるのではなく、学びのその道のりについてて見守られる、ということが、とても大切なのです。 これを実行するには非常に重要な概念を守る必要があります。第一に、判断を保留することです。イタリア語で「決めつける(Giudicare)」という言葉は、通常、否定的な意味合いやニュアンスを伴います。 それは、私が誰かについて考えていることが絶対不変だという意味です。それは子どもに「あなたにはこのことができないし、これからも決してできない」と言うようなものです。 一方、判断を保留するということは、教師が決めつけてはいけない、ということです。 もし子どもが何かについて困難に直面しているのを見かけたとしても、それは子どものせいではないのです。そこで必要なのは戦略を探すことです。戦略とは自分のたどり着きたいところへ行ける道を探すことです。ムナーリは目的に達することより、そのプロセスこそが大切だと考えていました。

この学校を訪れる前日まで、一行はレッジョ・エミリアの教育施設でレクチャーを受けていたのですが、両者の教育の根本にある考え方は非常に近いものだと感じました。
共通する理念を具体的に実現するやり方が、レッジョ・エミリアとムナーリではいくらか異なるのですが、このような比較研究も興味深いのではないか、と思っています。

464.ミラノ・コルティナ・オリンピック開会式2026年02月20日 23:50

ミラノ・コルティナ・オリンピック開会式
2026年2月の冬季オリンピックは、ミラノ・コルティナで開催されました。
トリノ・オリンピック同様にミラノはいわゆるウィンタースポーツの町ではないのですが、開催地にミラノの名があるのは、アクセスと競技会場の便宜的な関係もあるのでしょうか。
ちょうど学術調査のためにイタリアに一週間ほど滞在している時期にオリンピックの開会式があり、その中ではムナーリの名を紹介しつつ、イタリア人のハンドジェスチャーを取り上げた一幕があったようです。
イタリアのムナーリ関係者の間でちょっとした話題になっていたので「ムナーリがあらためて世界に紹介された瞬間」ということで、取り上げてみました。

463.絵本講座「ムナーリの子どものための教育とさわる本」2026年01月30日 14:23

「ムナーリの子どものための教育とさわる本」
2026年1月25日に板橋区立美術館で「ムナーリの子どものための教育とさわる本」をテーマに、一日講座の講師を務めてきました。美術館のHPにはさっそく講座のレポートを紹介して頂きました。

絵本講座「ムナーリの子どものための教育とさわる本」レポート

参加者のみなさんは絵本作家やイラストレーターから大学生まで幅広く、板橋美術館が研究と紹介に注力している「触る絵本」に深い関心をお持ちの方ばかりでしたが、今回は特にムナーリの本作りの特徴と、ムナーリが晩年取り組んだ子どものための教育について、イタリアの幼児教育事例と比較しながらお話しさせて頂きました。
講座の中でスライドレクチャー以外に体験的な遊びや絵本の素材作りなどにも取り組んで頂いたのですが、限られた時間の中でそれぞれの方の発想や個性が感じられる表現を見ることができました。

また、イタリア教育研究の先達として尊敬する故田辺敬子先生とご縁の深い参加者にお声をかけて頂くことができました。

462.モンテッソーリ、レッジョ、ロダーリ、ムナーリ2026年01月16日 11:54

クリエイティブ・ラーニング・フェスティバル2025
2025年11月、ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ科学博物館で、「クリエイティブ・ラーニング・フェスティバル」という教員、保育者、ミュージアムエデュケーターなどを対象とした大きなイベントがあり、その最後のセッションとして、モンテッソーリとレッジョの教育者マラグッツィに加え、二十世紀イタリアの国民的童話作家ロダーリ、芸術家、デザイナー、教育者としても知られるムナーリの四人を取り上げた公開座談会が行われました。
2026年1月からその様子がYouTubeに公開されています。

La creatività viene da lontano: Malaguzzi, Montessori, Munari, Rodari e la loro visione

登壇者は、レッジョ・エミリアから元レッジョ・チルドレン代表クラウディア・ジュデチさん、モンテッソーリ教育の専門家アンドレア・ルーピ氏、ロダーリの研究者ピノ・ボエロ氏、そしてムナーリの教育活動の協力者だったベバ・レステッリさんと、司会のマリア・サンソウダキさん(ミラノ科学博物館)でした。
それぞれの登壇者の発言については別のメディアにも覚え書きとしてまとめてみたのですが、
モンテッソーリ、レッジョ、ロダーリ、ムナーリからイタリア人が考える創造性とSTEAM
こちらのトピックではムナーリのお弟子さんであるレステッリさんの言葉をすこしだけ紹介します。レステッリさんはムナーリと共にトスカーナ州プラートのペッチ現代美術館で開催した「ラボ・リブ(自由ワークショップ)」について語りました。

Cioè qui siamo in un laboratorio plurisensoriale e qui vedete una quantità innumerevole di materiali diversi. E che cosa ci diceva Munari? aveva detto un laboratorio dove fare senza pensare, dove lasciarsi conquistare dai materiali, dalle qualità tattili e visivi dei materiali e creare degli assemblaggi, delle costruzioni, delle composizioni senza uno scopo preciso.
つまり、ここ(「ラボ・リブ」)は多様な諸感覚のワークショップで、そこには数えきれない様々な素材があります。ムナーリはこれを何と言ったでしょう?これは考えずにワークできるワークショップ、素材や素材の触覚的・視覚的な特性に魅了されて、決まった目的を持たずに組み立てや構築、構成を作れるワークショップだ、と言いました。
(中略)
Non potrebbo forse dire qui azzardo, eh, Munari, considerare Munari un precursore del tinkering ?
ムナーリを「ティンカリング」の先駆者と見なすことはできないでしょうか?

「ティンカリング」とは、「いじくりまわす」という意味の言葉から転じて、特定の目的のためでなく好奇心の導くままに素材や道具をいじくりまわし、分解し、探究を楽しみながら発想を広げる行為を意味します。「ティンカリング」については、『作ることで学ぶ Makerを育てる新しい教育のメソッド』(オライリー刊)により詳しく紹介されていますが、STEAM教育の可能性を探るこのイベントと直結した概念です。
イタリアでも、このような比較教育研究は最近になって活性化したようですが、日本の創造的な教育についても、何か新たな探究のアプローチがあるように思います。。。

461.板橋区立美術館での「触る絵本」講座(2026.1.25)2025年12月24日 09:35

「ムナーリの子どものための教育とさわる本」
以前からいろいろご縁のある、板橋区立美術館で「ムナーリの子どものための教育とさわる本」をテーマに、一日講座の講師を務めることになりました。

絵本講座「ムナーリの子どものための教育とさわる本」

開催は2026年1月25日(日)、参加募集人数は多くありませんが、ムナーリやイタリアの創造的な教育のご紹介と、触る絵本作りのヒントになるようなワークショップを準備しています。

参加お申し込みは

1月7日(水曜日)朝9時より電話にて先着(03-3979-3251)

とのこと。
1件のお申し込みにつき、2名まで受付けだそうです。

460.ムナーリと出版社2025年12月12日 18:29

TOKYO ART BOOK FAIR 2025
東京都現代美術館で開催された「TOKYO ART BOOK FAIR 2025」の会場でイタリアのコライーニ社から来日したフランチェスコ・コスタさんの講演を聴いてきました。
内容は主に1970年代後半から最晩年まで続いたコライーニ社とムナーリの関わりと、コライーニ社が復刻しているムナーリ最初期の絵本「1945シリーズ」の紹介でした。

ムナーリと出版社の関わりを調べてみると、それぞれ時代ごとにムナーリには彼のアイデアと才能を理解する出版社との出会いがありました。 ムナーリが最初に出版デザインを手掛けたのは1929年アンブロジャーナ社の絵本『ワシのひな』の挿絵だった、とムナーリの書誌研究者マッフェイがまとめています。
ムナーリは戦前から戦中にかけてモンダドーリ社のアートディレクターとして働き、「1945シリーズ」の絵本もオリジナル版はモンダドーリ社から出版されています。
戦後、1960年代にはエイナウディ社との仕事からロダーリとのコラボレーションが始まっています。またムナーリが企画監修した新しい子供のための本のシリーズ「タンティ・バンビーニ」もエイナウディ社での企画会議から生まれたとのこと。
また1960年代から晩年にかけて、教育に関する著書はラテルツァ社とザニケッリ社によるものが多いようです。
その他にも、出版社というより工業製品のメーカーですが、ダネーゼ社とのコラボレーションによって数々の生活用品とともに「プラス・マイナス」のような教育玩具や、「プレリブリ」のような画期的な「子どものための本の形をしたオブジェ」が世に送り出されました。
1970年代後半、マントヴァで現代美術の画廊を運営していたコライーニ社との仕事が始まり、コライーニ社はアート系出版社としてムナーリ晩年のもっとも緊密な協働のパートナーとなりました。
ムナーリが過去に発表した著書の復刻も多くはコライーニ社が手がけるようになり、没後の肖像権管理や著作権についてもコライーニ社が大きな役割を持っていると聞いています。

イタリアでは、デザイナーが企業のトップと直接やり取りをしながら仕事をするケースが少なくありません。この傾向は家具やプロダクトデザインに顕著ですが、出版デザインについても、少なくともムナーリは各出版社の経営者から厚い信頼を得て、それぞれの出版社に合わせた提案を行なったものと考えられます。
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イタリアの芸術家+デザイナー+教育者、ブルーノ・ムナーリのことなどあれこれ。
こちらにもいろいろ紹介しています(重複有)https://fdl-italform.webnode.jp/

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