474.「ムナーリの本たち」展 ― 2026年07月09日 16:07
青山にあった「こどもの城」とムナーリのワークショップに関わった方々によって、2026年6月から7月に「ムナーリの本たち」という展示が東京・四谷のCCAAアートプラサ「ランプ坂ギャラリー3}で開催されているそうです。
「ムナーリの本たち」展
入場料は500円で、展示のほかにも元こどもの城造形事業部長で「日本ブルーノ・ムナーリ研究会」代表の岩崎さんによる講演などが行われるとのことです(一回目のイベントはすでに終了しているので割愛しました)。
[関連イベント]
2. ムナーリの本に関するトーク第2回
日時: 2026年7月10日18:30〜20:00
登壇者: 岩崎清(日本ブルーノ・ムナーリ研究会代表)
会場: CCAA図工室
料金: 2000円(要事前申込み)
3. ムナーリの本に関するトーク第3回
日時: 2026年7月17日18:30〜20:00
登壇者: 岩崎清(日本ブルーノ・ムナーリ研究会代表)
会場: CCAA図工室
料金: 2000円(要事前申込み)
「ムナーリの本たち」展
入場料は500円で、展示のほかにも元こどもの城造形事業部長で「日本ブルーノ・ムナーリ研究会」代表の岩崎さんによる講演などが行われるとのことです(一回目のイベントはすでに終了しているので割愛しました)。
[関連イベント]
2. ムナーリの本に関するトーク第2回
日時: 2026年7月10日18:30〜20:00
登壇者: 岩崎清(日本ブルーノ・ムナーリ研究会代表)
会場: CCAA図工室
料金: 2000円(要事前申込み)
3. ムナーリの本に関するトーク第3回
日時: 2026年7月17日18:30〜20:00
登壇者: 岩崎清(日本ブルーノ・ムナーリ研究会代表)
会場: CCAA図工室
料金: 2000円(要事前申込み)
473.さわる絵本の作り方 ― 2026年07月05日 20:04
イタリアでは1970年代のインクルーシブ法の制定により制度上のバリアフリーが義務づけられています。また、視覚障害のある人とそうでない人の双方が楽しめる絵本の開発についても先進国といってよいでしょう。
日本でも板橋区立美術館が「触る絵本」の研究を深め広げるプロジェクトそすすめていますが、同美術館とも縁の深いイタリア在住の森泉さんによって、イタリアで出版された「さわる絵本の作り方」が邦訳で読むことが出来るようになりました。
「さわる絵本」の作り方
触る絵本と言えば、その先駆者の一人であるムナーリについても、この本の中で取り上げられています。
絵本作りやバリアフリーに関心のある方には必読の一冊ではないでしょうか。
日本でも板橋区立美術館が「触る絵本」の研究を深め広げるプロジェクトそすすめていますが、同美術館とも縁の深いイタリア在住の森泉さんによって、イタリアで出版された「さわる絵本の作り方」が邦訳で読むことが出来るようになりました。
「さわる絵本」の作り方
触る絵本と言えば、その先駆者の一人であるムナーリについても、この本の中で取り上げられています。
絵本作りやバリアフリーに関心のある方には必読の一冊ではないでしょうか。
472.ミロスラヴァ・ハイェクさんのムナーリ・アーカイブ ― 2026年06月21日 22:39
ムナーリに関する著書(「ダイレクト・プロジェクション」についてなど)やムナーリの展覧会の企画などでしばしばお目に掛かるチェコ出身の美術史家ミロスラヴァ・ハイェクさんがムナーリのアーカイブHPを立ち上げていました。
BRUNO MUNARI Historical Works Miroslava Hájek Archive
主にムナーリのアートワークについて年代別に整理して紹介する内容で、テキストはイタリア語が中心です。 日本のムナーリ研究はどうしても資料が少なく、こういった海外の専門家の研究から学ぶことはとても多いのです…
BRUNO MUNARI Historical Works Miroslava Hájek Archive
主にムナーリのアートワークについて年代別に整理して紹介する内容で、テキストはイタリア語が中心です。 日本のムナーリ研究はどうしても資料が少なく、こういった海外の専門家の研究から学ぶことはとても多いのです…
471. ムナーリとカスティリオーニの展覧会 ― 2026年05月30日 08:16
先日はミラノの二十世紀美術館でムナーリの展覧会が開催されていましたが、こんどは同じミラノ市内でインダストリアル・デザインの巨匠アッキーレ・カスティリオーニとムナーリの二人展が5月29日から来年の2月16日まで開催されるようです。
カスティリオーニとムナーリの遊び展
Achille Castiglioni e Bruno Munari insieme in una mostra dedicata al giocoというタイトルで、展覧会のテーマが「遊び」とのこと。
確かにこの二十世紀イタリアのデザインを代表する二人には、豊かな遊び心が感じられます。。。
カスティリオーニとムナーリの遊び展
Achille Castiglioni e Bruno Munari insieme in una mostra dedicata al giocoというタイトルで、展覧会のテーマが「遊び」とのこと。
確かにこの二十世紀イタリアのデザインを代表する二人には、豊かな遊び心が感じられます。。。
470.ムナーリの展覧会(ミラノ、2026) ― 2026年05月21日 12:53
ムナーリの展覧会が、ミラノの中心部にある二十世紀美術館(Museo di Novecento)で2026年4月9日から開催されているようです。
FOCUS900 VEDERE l'ARIA BRUNO MUNARI
タイトルが「空気を見る」とあり、デザインより芸術活動にフォーカスした展示企画のようですね。
壊滅的な円安にイラン情勢の悪化による航空運賃の高騰、なにより仕事の都合がつかず現地に飛べないのが歯がゆい今日この頃です…
FOCUS900 VEDERE l'ARIA BRUNO MUNARI
タイトルが「空気を見る」とあり、デザインより芸術活動にフォーカスした展示企画のようですね。
壊滅的な円安にイラン情勢の悪化による航空運賃の高騰、なにより仕事の都合がつかず現地に飛べないのが歯がゆい今日この頃です…
469.勘違い ― 2026年04月23日 13:02
ムナーリが1970年代に子どものためのワークショップを企画実現した際に協力した人たちについて調べているうちに小さな発見と自分の勘違いに気がつきました。
ムナーリは1977年ブレラ美術館で大規模な子どものためのワークショップを実現するためにプロジェクトグループを組織した、と自著に書いており、そのメンバーの一人にレナーテ・エーコという名前があります。
よくよく調べてみると、レナーテはムナーリの友人でもあり『バラの名前』の作者として世界的に有名な記号論学者ウンベルト・エーコの奥さんでした。
どういうわけか自分の中で「Renateは男性」という勘違いがあり、調べ方を誤っていたことに気づいた次第です。
レナーテはミュージアム教育の専門家でムナーリのワークショップに協力すると共に、ムナーリが監修した美術教育書シリーズの一冊「Rosso(赤色)」の執筆者にもなっています。
ムナーリは1977年ブレラ美術館で大規模な子どものためのワークショップを実現するためにプロジェクトグループを組織した、と自著に書いており、そのメンバーの一人にレナーテ・エーコという名前があります。
よくよく調べてみると、レナーテはムナーリの友人でもあり『バラの名前』の作者として世界的に有名な記号論学者ウンベルト・エーコの奥さんでした。
どういうわけか自分の中で「Renateは男性」という勘違いがあり、調べ方を誤っていたことに気づいた次第です。
レナーテはミュージアム教育の専門家でムナーリのワークショップに協力すると共に、ムナーリが監修した美術教育書シリーズの一冊「Rosso(赤色)」の執筆者にもなっています。
468. 日本ブルーノ・ムナーリ研究会 ― 2026年04月21日 12:46
かつて1985年にムナーリを青山の「こどもの城」に招聘した岩崎清さんが「日本ブルーノ・ムナーリ研究会」のHPを作られています。
日本ブルーノ・ムナーリ研究会
本ブログのタイトルと似ていますが、もともと岩崎さんは「日本ブルーノ・ムナーリ協会」の代表という肩書きで活動をされていました。
その後、諸事情からこの名称の使用を取りやめられたとのことで新たに「研究会」と名称をつけられたのだと思います。
「日本ブルーノ・ムナーリ協会」の会員は岩崎さんお一人だとご本人から伺ったことがありますが、この「研究会」も会員限定一名なのかもしれません。
岩崎さんは「こどもの城」関係者ともども長年にわたり日本各地でムナーリのワークショップをおこなわれており、HPには最近の活動情報なども紹介されているようです。
日本ブルーノ・ムナーリ研究会
本ブログのタイトルと似ていますが、もともと岩崎さんは「日本ブルーノ・ムナーリ協会」の代表という肩書きで活動をされていました。
その後、諸事情からこの名称の使用を取りやめられたとのことで新たに「研究会」と名称をつけられたのだと思います。
「日本ブルーノ・ムナーリ協会」の会員は岩崎さんお一人だとご本人から伺ったことがありますが、この「研究会」も会員限定一名なのかもしれません。
岩崎さんは「こどもの城」関係者ともども長年にわたり日本各地でムナーリのワークショップをおこなわれており、HPには最近の活動情報なども紹介されているようです。
467.ジャンニ・ロダーリの詩 ― 2026年04月04日 10:06
2026年2月にイタリアで開催されたミラノ・コルティナ冬季オリンピックの開会式に、イタリア人のハンドジェスチャーがムナーリの名とともに紹介されたことを過去のトピックでご紹介しましたが、同じ開会式でムナーリの盟友とも言うべき作家ジャンニ・ロダーリの詩が紹介されていたようです。
2026ミラノ・コルティナ冬季オリンピック開会式
詩のタイトルは「Promemoria:覚え書き」といった言葉で、子どもの目線から、現代の暴力と強欲による戦争が各地で悲劇を起こしている状況に抗議申し立てをしているような内容になっています。ロダーリもまた第二次大戦下でファシズムに抵抗したレジスタンスの一人でした。
Ci sono cose da fare ogni giorno:
lavarsi, studiare, giocare,
Preparare la tavola, a mezzogiorno.
Ci sono cose da fare di notte:
chiudere gli occhi, dormire,
avere sogni da sognare,
orecchie per non sentire.
Ci sono cose da non fare mai,
né di giorno né di notte,
né per mare né per terra:
per esempio, la guerra.
毎日やるべき、いくつかのことがある:
体を洗うこと、勉強すること、遊ぶこと、
お昼に食事を準備すること。
夜にもやるべきことがある:
目を閉じて眠ること、
夢見るための夢を持つこと、
何も聞こえないように耳をふさぐこと。
決して、してはいけないことがいくつかある:
昼も、夜も、
海でも、陸でも:
それは例えば、戦争だ
よりくわしい説明は、別のウェブページ(pdf)で見ることができました。
詩の解説(日本語)
2026ミラノ・コルティナ冬季オリンピック開会式
詩のタイトルは「Promemoria:覚え書き」といった言葉で、子どもの目線から、現代の暴力と強欲による戦争が各地で悲劇を起こしている状況に抗議申し立てをしているような内容になっています。ロダーリもまた第二次大戦下でファシズムに抵抗したレジスタンスの一人でした。
Ci sono cose da fare ogni giorno:
lavarsi, studiare, giocare,
Preparare la tavola, a mezzogiorno.
Ci sono cose da fare di notte:
chiudere gli occhi, dormire,
avere sogni da sognare,
orecchie per non sentire.
Ci sono cose da non fare mai,
né di giorno né di notte,
né per mare né per terra:
per esempio, la guerra.
毎日やるべき、いくつかのことがある:
体を洗うこと、勉強すること、遊ぶこと、
お昼に食事を準備すること。
夜にもやるべきことがある:
目を閉じて眠ること、
夢見るための夢を持つこと、
何も聞こえないように耳をふさぐこと。
決して、してはいけないことがいくつかある:
昼も、夜も、
海でも、陸でも:
それは例えば、戦争だ
よりくわしい説明は、別のウェブページ(pdf)で見ることができました。
詩の解説(日本語)
466.ムナーリの生涯 ― 2026年03月19日 16:04
ムナーリの生涯について確認したいことがあって、あれこれウェブページを見ているたところ、日本語でかなり詳細にムナーリの生涯と各時代の仕事を説明しているページに出会いました。
Antiquariumu Milano ブルーノ・ムナーリ
イタリアのキッチン用品から書籍などまで、幅広く商品を紹介して注文ができるショップのサイトのようです。
日本語でアクセスできる情報源からだけではわかりにくいことまで紹介されており、もしかすると、イタリア語で作成された内容を現地の日本人スタッフが翻訳されているのかもしれません。
Antiquariumu Milano ブルーノ・ムナーリ
イタリアのキッチン用品から書籍などまで、幅広く商品を紹介して注文ができるショップのサイトのようです。
日本語でアクセスできる情報源からだけではわかりにくいことまで紹介されており、もしかすると、イタリア語で作成された内容を現地の日本人スタッフが翻訳されているのかもしれません。
465.「ブルーノ・ムナーリ学校」再訪とムナーリの教育 ― 2026年03月13日 23:08
2026年2月に、パルマの「ブルーノ・ムナーリ学校」を再訪しました。
前回は2024年に初めてお邪魔したのですが、今回は日本の教育関係者のみなさんと一緒に学校の子どもたちと交流する機会も頂くことが出来ました。
二十名を超える私たち見学者に、学校の代表カソーリさん(ブルーノ・ムナーリ協会による「ブルーノ・ムナーリ・メソッドⓇの指導者認定を受けた方です)が「ムナーリの教育とは」というお話をしてくれたのですが、イタリアの教育者によるムナーリの教育の説明として、その内容の一部を業障解したいと思います。
Allora, intanto, il discorso di chiamarlo metodo. Vuol dire che è un modo per fare qualcosa. Che si può applicare a qualsiasi cosa. Tanto che diventa una visione di vita. E Bruno Munari diceva che era importante tenere vivo il bambino che c'è in noi. Perché il bambino nasce libero. Sono gli adulti che lo costringono in qualcosa. Gli danno limiti. E cercano di farlo pensare come pensano loro. Invece, con questo metodo, il bambino viene rispettato per quello che è. Ognuno nella sua diversità e nei suoi tempi e modi di apprendimento. Quindi il bambino non va riempito di nozioni, ma va accompagnato nel suo percorso. ...Per fare, per fare questo ci sono dei concetti molto importanti da rispettare. Il primo è sospendere i giudizi. Giudicare in italiano di solito ha una connotazione, un significato negativo. Vuol dire che quello che io penso di te non può cambiare. È come dire a un bambino: tu non sei capace e non sarai mai capace di fare questa cosa. Invece, sospendere i giudizi vuol dire che l'insegnante non deve pensare questo. Se vede che il bambino ha delle difficoltà. Non deve dare colpa al bambino. Ma deve trovare lui nuove strategie. Per portarlo dove pensa che possa arrivare. Perché per Munari non è importante il fine, ma il percorso.
なぜ彼は自分の教育をメソッド呼ぶことにしたのでしょうか。 つまりそれは、学びを得るために行う活動のひとつの方法である、ということです。 そしてその方法はあらゆる学びに応用できるものです。 それはものごとを見るための、ひとつの世界観になるのです。 ブルーノ・ムナーリが大切だ、と言ったのは、私たちが各々自分自身の中に子どものころの心を生かさせないといけない、ということでした。つまり私たちは大人になっても心の中に子どもの心を保つことが、とても大切だというのです。 なぜなら子どもは生まれながらに自由だからです。大人になるといろいろなものごとによって束縛され、限界を作ってしまいます。 私たち大人は、子どもたちにきまったやりかたで考えさせようとしがちです。 ですが、彼のメソッドでは、子どもはそのままに尊重されるべき存在なのです。 子どもそれぞれの多様性、それぞれのペースと学習方法において、です。 ですから、子どもたちは知識を詰め込まれるのではなく、学びのその道のりについてて見守られる、ということが、とても大切なのです。 これを実行するには非常に重要な概念を守る必要があります。第一に、判断を保留することです。イタリア語で「決めつける(Giudicare)」という言葉は、通常、否定的な意味合いやニュアンスを伴います。 それは、私が誰かについて考えていることが絶対不変だという意味です。それは子どもに「あなたにはこのことができないし、これからも決してできない」と言うようなものです。 一方、判断を保留するということは、教師が決めつけてはいけない、ということです。 もし子どもが何かについて困難に直面しているのを見かけたとしても、それは子どものせいではないのです。そこで必要なのは戦略を探すことです。戦略とは自分のたどり着きたいところへ行ける道を探すことです。ムナーリは目的に達することより、そのプロセスこそが大切だと考えていました。
この学校を訪れる前日まで、一行はレッジョ・エミリアの教育施設でレクチャーを受けていたのですが、両者の教育の根本にある考え方は非常に近いものだと感じました。
共通する理念を具体的に実現するやり方が、レッジョ・エミリアとムナーリではいくらか異なるのですが、このような比較研究も興味深いのではないか、と思っています。
前回は2024年に初めてお邪魔したのですが、今回は日本の教育関係者のみなさんと一緒に学校の子どもたちと交流する機会も頂くことが出来ました。
二十名を超える私たち見学者に、学校の代表カソーリさん(ブルーノ・ムナーリ協会による「ブルーノ・ムナーリ・メソッドⓇの指導者認定を受けた方です)が「ムナーリの教育とは」というお話をしてくれたのですが、イタリアの教育者によるムナーリの教育の説明として、その内容の一部を業障解したいと思います。
Allora, intanto, il discorso di chiamarlo metodo. Vuol dire che è un modo per fare qualcosa. Che si può applicare a qualsiasi cosa. Tanto che diventa una visione di vita. E Bruno Munari diceva che era importante tenere vivo il bambino che c'è in noi. Perché il bambino nasce libero. Sono gli adulti che lo costringono in qualcosa. Gli danno limiti. E cercano di farlo pensare come pensano loro. Invece, con questo metodo, il bambino viene rispettato per quello che è. Ognuno nella sua diversità e nei suoi tempi e modi di apprendimento. Quindi il bambino non va riempito di nozioni, ma va accompagnato nel suo percorso. ...Per fare, per fare questo ci sono dei concetti molto importanti da rispettare. Il primo è sospendere i giudizi. Giudicare in italiano di solito ha una connotazione, un significato negativo. Vuol dire che quello che io penso di te non può cambiare. È come dire a un bambino: tu non sei capace e non sarai mai capace di fare questa cosa. Invece, sospendere i giudizi vuol dire che l'insegnante non deve pensare questo. Se vede che il bambino ha delle difficoltà. Non deve dare colpa al bambino. Ma deve trovare lui nuove strategie. Per portarlo dove pensa che possa arrivare. Perché per Munari non è importante il fine, ma il percorso.
なぜ彼は自分の教育をメソッド呼ぶことにしたのでしょうか。 つまりそれは、学びを得るために行う活動のひとつの方法である、ということです。 そしてその方法はあらゆる学びに応用できるものです。 それはものごとを見るための、ひとつの世界観になるのです。 ブルーノ・ムナーリが大切だ、と言ったのは、私たちが各々自分自身の中に子どものころの心を生かさせないといけない、ということでした。つまり私たちは大人になっても心の中に子どもの心を保つことが、とても大切だというのです。 なぜなら子どもは生まれながらに自由だからです。大人になるといろいろなものごとによって束縛され、限界を作ってしまいます。 私たち大人は、子どもたちにきまったやりかたで考えさせようとしがちです。 ですが、彼のメソッドでは、子どもはそのままに尊重されるべき存在なのです。 子どもそれぞれの多様性、それぞれのペースと学習方法において、です。 ですから、子どもたちは知識を詰め込まれるのではなく、学びのその道のりについてて見守られる、ということが、とても大切なのです。 これを実行するには非常に重要な概念を守る必要があります。第一に、判断を保留することです。イタリア語で「決めつける(Giudicare)」という言葉は、通常、否定的な意味合いやニュアンスを伴います。 それは、私が誰かについて考えていることが絶対不変だという意味です。それは子どもに「あなたにはこのことができないし、これからも決してできない」と言うようなものです。 一方、判断を保留するということは、教師が決めつけてはいけない、ということです。 もし子どもが何かについて困難に直面しているのを見かけたとしても、それは子どものせいではないのです。そこで必要なのは戦略を探すことです。戦略とは自分のたどり着きたいところへ行ける道を探すことです。ムナーリは目的に達することより、そのプロセスこそが大切だと考えていました。
この学校を訪れる前日まで、一行はレッジョ・エミリアの教育施設でレクチャーを受けていたのですが、両者の教育の根本にある考え方は非常に近いものだと感じました。
共通する理念を具体的に実現するやり方が、レッジョ・エミリアとムナーリではいくらか異なるのですが、このような比較研究も興味深いのではないか、と思っています。

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