465.「ブルーノ・ムナーリ学校」再訪とムナーリの教育2026年03月13日 23:08

2026年2月に、パルマの「ブルーノ・ムナーリ学校」を再訪しました。
前回は2024年に初めてお邪魔したのですが、今回は日本の教育関係者のみなさんと一緒に学校の子どもたちと交流する機会も頂くことが出来ました。
二十名を超える私たち見学者に、学校の代表カソーリさん(ブルーノ・ムナーリ協会による「ブルーノ・ムナーリ・メソッドⓇの指導者認定を受けた方です)が「ムナーリの教育とは」というお話をしてくれたのですが、イタリアの教育者によるムナーリの教育の説明として、その内容の一部を業障解したいと思います。

Allora, intanto, il discorso di chiamarlo metodo. Vuol dire che è un modo per fare qualcosa. Che si può applicare a qualsiasi cosa. Tanto che diventa una visione di vita. E Bruno Munari diceva che era importante tenere vivo il bambino che c'è in noi. Perché il bambino nasce libero. Sono gli adulti che lo costringono in qualcosa. Gli danno limiti. E cercano di farlo pensare come pensano loro. Invece, con questo metodo, il bambino viene rispettato per quello che è. Ognuno nella sua diversità e nei suoi tempi e modi di apprendimento. Quindi il bambino non va riempito di nozioni, ma va accompagnato nel suo percorso. ...Per fare, per fare questo ci sono dei concetti molto importanti da rispettare. Il primo è sospendere i giudizi. Giudicare in italiano di solito ha una connotazione, un significato negativo. Vuol dire che quello che io penso di te non può cambiare. È come dire a un bambino: tu non sei capace e non sarai mai capace di fare questa cosa. Invece, sospendere i giudizi vuol dire che l'insegnante non deve pensare questo. Se vede che il bambino ha delle difficoltà. Non deve dare colpa al bambino. Ma deve trovare lui nuove strategie. Per portarlo dove pensa che possa arrivare. Perché per Munari non è importante il fine, ma il percorso.
なぜ彼は自分の教育をメソッド呼ぶことにしたのでしょうか。 つまりそれは、学びを得るために行う活動のひとつの方法である、ということです。 そしてその方法はあらゆる学びに応用できるものです。 それはものごとを見るための、ひとつの世界観になるのです。 ブルーノ・ムナーリが大切だ、と言ったのは、私たちが各々自分自身の中に子どものころの心を生かさせないといけない、ということでした。つまり私たちは大人になっても心の中に子どもの心を保つことが、とても大切だというのです。 なぜなら子どもは生まれながらに自由だからです。大人になるといろいろなものごとによって束縛され、限界を作ってしまいます。 私たち大人は、子どもたちにきまったやりかたで考えさせようとしがちです。 ですが、彼のメソッドでは、子どもはそのままに尊重されるべき存在なのです。 子どもそれぞれの多様性、それぞれのペースと学習方法において、です。 ですから、子どもたちは知識を詰め込まれるのではなく、学びのその道のりについてて見守られる、ということが、とても大切なのです。 これを実行するには非常に重要な概念を守る必要があります。第一に、判断を保留することです。イタリア語で「決めつける(Giudicare)」という言葉は、通常、否定的な意味合いやニュアンスを伴います。 それは、私が誰かについて考えていることが絶対不変だという意味です。それは子どもに「あなたにはこのことができないし、これからも決してできない」と言うようなものです。 一方、判断を保留するということは、教師が決めつけてはいけない、ということです。 もし子どもが何かについて困難に直面しているのを見かけたとしても、それは子どものせいではないのです。そこで必要なのは戦略を探すことです。戦略とは自分のたどり着きたいところへ行ける道を探すことです。ムナーリは目的に達することより、そのプロセスこそが大切だと考えていました。

この学校を訪れる前日まで、一行はレッジョ・エミリアの教育施設でレクチャーを受けていたのですが、両者の教育の根本にある考え方は非常に近いものだと感じました。
共通する理念を具体的に実現するやり方が、レッジョ・エミリアとムナーリではいくらか異なるのですが、このような比較研究も興味深いのではないか、と思っています。

466.ムナーリの生涯2026年03月19日 16:04

Antiquariumu Milano ブルーノ・ムナーリ
ムナーリの生涯について確認したいことがあって、あれこれウェブページを見ているたところ、日本語でかなり詳細にムナーリの生涯と各時代の仕事を説明しているページに出会いました。

Antiquariumu Milano ブルーノ・ムナーリ

イタリアのキッチン用品から書籍などまで、幅広く商品を紹介して注文ができるショップのサイトのようです。
日本語でアクセスできる情報源からだけではわかりにくいことまで紹介されており、もしかすると、イタリア語で作成された内容を現地の日本人スタッフが翻訳されているのかもしれません。

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こちらにもいろいろ紹介しています(重複有)https://fdl-italform.webnode.jp/

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