390.ムナーリの教育センター構想 ― 2023年11月05日 11:30
ムナーリの教育活動が社会全体の創造性の向上を願ったもので、彼の晩年の大きな継続的テーマであったことは、これまで調べてきたことからかなり明らかになってきました。
これを裏付ける資料が、数年前に入手していた『長期的なプロジェクト(Un progetto a lungo termine』という研究書の最後に示されていました。
Miriam Nocchi Croccolo, 2005, "Un progetto a lungo termine : I laboratori di Bruno Munari Nel mondo da Brera 1977 a S.Paolo in Brasile 1995" p.102
Munari ha tentato varie volte di far nascere a Milano un centro per la creatività infantile; centro che avrebbe dovuto sorgere nell'area dello "ex zoo", spazio questo con il vantaggio di essere vicino al Planetario e al Museo di Storia Naturale.
Almeno quattro assessori di giunte diverse se ne sono occupati e ne hanno parlato, ma tutto è rimasto sulla carta.
Ne sono testimonianza le lettere al "Gentile Assessore" riportate dalla rivista «Leggere», diretta da Rosellina Archinto (meritevole ed infaticabile direttrice dell'ormai mitica collana di libri per bambini Emme Edizioni), in occasione degli 89 anni compiuti da Munari nell'ottobre del '96.
ムナーリは何度もミラノに子どもたちの創造性のための施設(センター)を設立しようと試みた; この施設は、かつての動物園の跡地に建設される予定で、プラネタリウムや自然史博物館に隣接するという利点があった。(訳註:この記述から、構想された施設はミラノ中心部の公園Giardino Indro Montanelli内を想定していたと考えられる)
少なくとも4人の異なる議会の議員たちがこの問題を扱い議論したが、すべては書類上の検討にとどまっている。
(伝説的な子どものための本シリーズに関わったエンメ・エディツィオーニ出版社の功労者であり不屈の編集者)ロセッリーナ・アルキントが編集長を務めていた雑誌『レッジェレ』が、1996年10月のムナーリ89歳の誕生日に報じた「親愛なる評議員へ」の手紙がそれを物語っている。
«Gentile Assessore, propongo alla sua attenzione quanto era già stato proposto all'Assessorato all'Ecologia in merito all'ipotesi che prevede nell'area dell'ex zoo una stazione di sperimentazione e documentazione dei laboratori di stimolazione della creatività infantile. Molti di questi già funzionano col mio metodo in diverse nazioni: Francia, Giappone, Stati Uniti, Israele, Spagna, Venezuela, Brasile e in Italia nei musei di Faenza e Prato».
La grande richiesta di questi laboratori, non ultimo quello collegato alla mostra LEGO alla rotonda della Besana promossa dal Comune di Milano, fa pensare quanto sarebbe utile per Milano, che ha visto nascere i laboratori a Brera nel 1977, dotarsi di un centro internazionale di informazione, sperimentazione e verifica continua del metodo. Il centro di informazione lavorerà a stretto contatto con le scuole milanesi che a rotazione, parteciperanno (insegnanti e bambini) alla sperimentazione.
Non dimentichiamo che il bambino di oggi è il cittadino di domani e che un bambino creativo è un bambino felice...
「親愛なる評議員の皆様、私(ムナーリ)は、これまでに(ミラノの)旧動物園跡地に子どもたちの創造性を刺激するためのワークショップの実験と記録のための施設を設置する計画を環境局に提案していることを、皆様にお伝えいたします。このワークショップの多くは、すでにフランス、日本、アメリカ、イスラエル、スペイン、ベネズエラ、ブラジル、そしてイタリア国内のファエンツァとプラートの美術館など、さまざまな国で私のメソッドによって実施されました。」
ミラノ市議会が推進したロトンダ・デッラ・ベザーナ(訳註:ミラノ市内中心部の旧修道院で、2014年以来MUBA:ミラノ・チルドレンズ・ミュージアムの拠点)でのレゴ(ブロックの)展覧会に関連したワークショップはもとより、これらのワークショップに対する大きなニーズは、1977年にブレラでワークショップを開催したミラノにとって、情報提供、実験、手法の継続的検証のための国際的なセンターがあれば非常に有益なものであると考えられる。この情報センターはミラノの学校群と密接に連携し、学校(の教師と子どもたちが)は交代で実験に参加するだろう。
私たちは、今日の子どもは明日の市民であり、創造的な子どもは幸せな子どもであるということを忘れてはならないのだ。
ムナーリは、1985年の来日の際ワークショップを行った東京の「子どもの城」の施設からも触発されていたことが想像できます。残念なことに「子どもの城」はいまはなく、しかしミラノには2014年以来、ムナーリのワークショップとも関連をもった子どものための文化活動を展開する「MUBA」(ミラノ・チルドレンズ・ミュージアム)が生まれました。
これを裏付ける資料が、数年前に入手していた『長期的なプロジェクト(Un progetto a lungo termine』という研究書の最後に示されていました。
Miriam Nocchi Croccolo, 2005, "Un progetto a lungo termine : I laboratori di Bruno Munari Nel mondo da Brera 1977 a S.Paolo in Brasile 1995" p.102
Munari ha tentato varie volte di far nascere a Milano un centro per la creatività infantile; centro che avrebbe dovuto sorgere nell'area dello "ex zoo", spazio questo con il vantaggio di essere vicino al Planetario e al Museo di Storia Naturale.
Almeno quattro assessori di giunte diverse se ne sono occupati e ne hanno parlato, ma tutto è rimasto sulla carta.
Ne sono testimonianza le lettere al "Gentile Assessore" riportate dalla rivista «Leggere», diretta da Rosellina Archinto (meritevole ed infaticabile direttrice dell'ormai mitica collana di libri per bambini Emme Edizioni), in occasione degli 89 anni compiuti da Munari nell'ottobre del '96.
ムナーリは何度もミラノに子どもたちの創造性のための施設(センター)を設立しようと試みた; この施設は、かつての動物園の跡地に建設される予定で、プラネタリウムや自然史博物館に隣接するという利点があった。(訳註:この記述から、構想された施設はミラノ中心部の公園Giardino Indro Montanelli内を想定していたと考えられる)
少なくとも4人の異なる議会の議員たちがこの問題を扱い議論したが、すべては書類上の検討にとどまっている。
(伝説的な子どものための本シリーズに関わったエンメ・エディツィオーニ出版社の功労者であり不屈の編集者)ロセッリーナ・アルキントが編集長を務めていた雑誌『レッジェレ』が、1996年10月のムナーリ89歳の誕生日に報じた「親愛なる評議員へ」の手紙がそれを物語っている。
«Gentile Assessore, propongo alla sua attenzione quanto era già stato proposto all'Assessorato all'Ecologia in merito all'ipotesi che prevede nell'area dell'ex zoo una stazione di sperimentazione e documentazione dei laboratori di stimolazione della creatività infantile. Molti di questi già funzionano col mio metodo in diverse nazioni: Francia, Giappone, Stati Uniti, Israele, Spagna, Venezuela, Brasile e in Italia nei musei di Faenza e Prato».
La grande richiesta di questi laboratori, non ultimo quello collegato alla mostra LEGO alla rotonda della Besana promossa dal Comune di Milano, fa pensare quanto sarebbe utile per Milano, che ha visto nascere i laboratori a Brera nel 1977, dotarsi di un centro internazionale di informazione, sperimentazione e verifica continua del metodo. Il centro di informazione lavorerà a stretto contatto con le scuole milanesi che a rotazione, parteciperanno (insegnanti e bambini) alla sperimentazione.
Non dimentichiamo che il bambino di oggi è il cittadino di domani e che un bambino creativo è un bambino felice...
「親愛なる評議員の皆様、私(ムナーリ)は、これまでに(ミラノの)旧動物園跡地に子どもたちの創造性を刺激するためのワークショップの実験と記録のための施設を設置する計画を環境局に提案していることを、皆様にお伝えいたします。このワークショップの多くは、すでにフランス、日本、アメリカ、イスラエル、スペイン、ベネズエラ、ブラジル、そしてイタリア国内のファエンツァとプラートの美術館など、さまざまな国で私のメソッドによって実施されました。」
ミラノ市議会が推進したロトンダ・デッラ・ベザーナ(訳註:ミラノ市内中心部の旧修道院で、2014年以来MUBA:ミラノ・チルドレンズ・ミュージアムの拠点)でのレゴ(ブロックの)展覧会に関連したワークショップはもとより、これらのワークショップに対する大きなニーズは、1977年にブレラでワークショップを開催したミラノにとって、情報提供、実験、手法の継続的検証のための国際的なセンターがあれば非常に有益なものであると考えられる。この情報センターはミラノの学校群と密接に連携し、学校(の教師と子どもたちが)は交代で実験に参加するだろう。
私たちは、今日の子どもは明日の市民であり、創造的な子どもは幸せな子どもであるということを忘れてはならないのだ。
ムナーリは、1985年の来日の際ワークショップを行った東京の「子どもの城」の施設からも触発されていたことが想像できます。残念なことに「子どもの城」はいまはなく、しかしミラノには2014年以来、ムナーリのワークショップとも関連をもった子どものための文化活動を展開する「MUBA」(ミラノ・チルドレンズ・ミュージアム)が生まれました。
377.ムナーリと「教育協力運動(MCE)」の関係 ― 2023年03月26日 12:04
以前から何度か引用して紹介している本『Su Munari(ムナーリについて)』には、デザイナーから芸術家、その他さまざまなムナーリの活動に関わりのあった人たちがムナーリの思い出を語っています。
その中にムナーリと子どもの教育について関わりのあったRoberto Pittardo(ロベルト・ピッタルド)という人の一文を見つけて、そこからたぐっていった結果、レッジョ・エミリアの幼児教育に大きな影響を与えたMCE:教育協力運動という1950-70年代の教育改革運動の中心人物の一人マリオ・ローディとムナーリが一緒にヴェネト地方(ヴェネチア周辺のイタリア東北部)における子どものための創造的な教育活動に関わっていたらしいということが分かってきました。
マリオ・ローディと教育協力運動については、『わたしたちの小さな世界の問題』という邦題で田辺敬子さんが訳された教育実践の名著が日本でも紹介されています。
これまでイタリアのムナーリに関する論文の中で、ムナーリと教育協力運動に接点があったことが触れられているのを読んでいましたが、すこしづつ戦後イタリア社会に広がった教育の改革への波の中でムナーリが果たした役割が見えてきそうな予感がしています。
なお、ムナーリやローディ、ピッタルドの関わった活動は現在も継続されているようです。
https://lascuoladelfare.it/
その中にムナーリと子どもの教育について関わりのあったRoberto Pittardo(ロベルト・ピッタルド)という人の一文を見つけて、そこからたぐっていった結果、レッジョ・エミリアの幼児教育に大きな影響を与えたMCE:教育協力運動という1950-70年代の教育改革運動の中心人物の一人マリオ・ローディとムナーリが一緒にヴェネト地方(ヴェネチア周辺のイタリア東北部)における子どものための創造的な教育活動に関わっていたらしいということが分かってきました。
マリオ・ローディと教育協力運動については、『わたしたちの小さな世界の問題』という邦題で田辺敬子さんが訳された教育実践の名著が日本でも紹介されています。
これまでイタリアのムナーリに関する論文の中で、ムナーリと教育協力運動に接点があったことが触れられているのを読んでいましたが、すこしづつ戦後イタリア社会に広がった教育の改革への波の中でムナーリが果たした役割が見えてきそうな予感がしています。
なお、ムナーリやローディ、ピッタルドの関わった活動は現在も継続されているようです。
https://lascuoladelfare.it/
376. 子どものTV番組とムナーリ ― 2023年03月19日 20:46
375のトピックに紹介した記事の中に「ムナーリは1990年代に最初のユニークな未就学児向けテレビ番組:アルベロ・アッズーロ(青い樹)をRAI(イタリア国営テレビ局)で制作した。」と書かれていました。
すこし調べてみたところ、これはムナーリ一人の仕事と言うより、イタリアの(国営)放送局(RAI UNO)から放映された子ども番組の作家としてムナーリが関わっていた、ということのようです。
YouTubeなどで検索すると同番組がどんなものだったのか、いくつかの動画を確認することが出来ますが、日本でいえば「お母さんといっしょ」に近いものだったようで、ムナーリの特徴が確認できるモノは見つかりませんでした…。
https://www.facebook.com/watch/?v=472891223971229
アクセス2023/03/18
L'albero azzurro è un programma televisivo italiano della Rai. È il programma per bambini più longevo della televisione pubblica italiana, in onda sin dal 21 maggio 1990.
Presentandosi come primo esperimento televisivo in Italia su target prescolare (dai 3 ai 14 anni), il programma si riallacciava, inizialmente, al filone pedagogista delle produzioni Rai degli anni sessanta unito al lavoro di autori (Bianca Pitzorno, Bruno Tognolini, Roberto Piumini, Emanuela Nava, Mela Cecchi, Bruno Munari, Renata Gostoli, Claudio Cavalli, Nico Orengo, Laura Fischetto, Lorenza Cingoli, Giona Peduzzi, Magda Barile, Michela Marelli, Gianluca Col, Claudia Sasso e Mauro Carli)
L'albero azzurroは、RAIによるイタリアのテレビ番組である。1990年5月21日から放送されており、イタリアの公共テレビで最も長く放送されている子供向け番組である。
イタリアで初めて就学前(3歳から14歳)を対象にしたテレビ番組の実験として、当初は1960年代のRAI制作の教育学的側面と作家たち(Bianca Pitzorno、Bruno Tognolini、Roberto Piumini、Emanuela Nava、Mela Cecchi, Bruno Munari、Renata Gostoli, Claudio Cavalli, Nico Orengo, Laura Fischetto, Lorenza Cingoli, Giona Peduzzi, Magda Barile, Michela Marelli, Gianluca Col, Claudia Sasso e Mauro Carli)の仕事を組み合わせた。
すこし調べてみたところ、これはムナーリ一人の仕事と言うより、イタリアの(国営)放送局(RAI UNO)から放映された子ども番組の作家としてムナーリが関わっていた、ということのようです。
YouTubeなどで検索すると同番組がどんなものだったのか、いくつかの動画を確認することが出来ますが、日本でいえば「お母さんといっしょ」に近いものだったようで、ムナーリの特徴が確認できるモノは見つかりませんでした…。
https://www.facebook.com/watch/?v=472891223971229
アクセス2023/03/18
L'albero azzurro è un programma televisivo italiano della Rai. È il programma per bambini più longevo della televisione pubblica italiana, in onda sin dal 21 maggio 1990.
Presentandosi come primo esperimento televisivo in Italia su target prescolare (dai 3 ai 14 anni), il programma si riallacciava, inizialmente, al filone pedagogista delle produzioni Rai degli anni sessanta unito al lavoro di autori (Bianca Pitzorno, Bruno Tognolini, Roberto Piumini, Emanuela Nava, Mela Cecchi, Bruno Munari, Renata Gostoli, Claudio Cavalli, Nico Orengo, Laura Fischetto, Lorenza Cingoli, Giona Peduzzi, Magda Barile, Michela Marelli, Gianluca Col, Claudia Sasso e Mauro Carli)
L'albero azzurroは、RAIによるイタリアのテレビ番組である。1990年5月21日から放送されており、イタリアの公共テレビで最も長く放送されている子供向け番組である。
イタリアで初めて就学前(3歳から14歳)を対象にしたテレビ番組の実験として、当初は1960年代のRAI制作の教育学的側面と作家たち(Bianca Pitzorno、Bruno Tognolini、Roberto Piumini、Emanuela Nava、Mela Cecchi, Bruno Munari、Renata Gostoli, Claudio Cavalli, Nico Orengo, Laura Fischetto, Lorenza Cingoli, Giona Peduzzi, Magda Barile, Michela Marelli, Gianluca Col, Claudia Sasso e Mauro Carli)の仕事を組み合わせた。
373. N.Y.のムナーリ展 ― 2023年02月02日 06:03
2022年末からちらちらと情報は入っていたのですが、個人的に縁の薄いアメリカのことでスルーしていたニューヨークのイタリア現代芸術センター(CIMA)での「ブルーノ・ムナーリ、内なる子ども」のサイトを覗いてみました。すでに会期は終了しているようですが、ムナーリがデザインした子どものための本などが中心に展示されたようです。
https://www.italianmodernart.org/exhibition/bruno-munari-the-child-within/
(英語)
2023年1月にはムナーリの生地ミラノに近いヴィメルカーテ(Vimercate)という街でもムナーリの展覧会が行われているようです。。。
https://www.museomust.it/munari/
(イタリア語/英語)
https://www.italianmodernart.org/exhibition/bruno-munari-the-child-within/
(英語)
2023年1月にはムナーリの生地ミラノに近いヴィメルカーテ(Vimercate)という街でもムナーリの展覧会が行われているようです。。。
https://www.museomust.it/munari/
(イタリア語/英語)
363.ムナーリ・メソッドの本 ― 2022年07月18日 06:20
昨年からイタリアで出版されていたブルーノ・ムナーリ協会監修の「成長するために作る(Fare per crescere)」シリーズの一部が手に入りました。
書籍の注文そのものはウェブページから可能(イタリア語のみ)なのですが、国外発送を受け付けていないので色々な助けを借りてなんとか入手、という感じです。
実物は写真の印象よりも一冊が大きく立派な本でした。このシリーズは全45冊ということで、全てが入手できるかはわかりませんが、最新のムナーリの教育に関する資料なのでじっくり調べていきたいと思います。。。
書籍の注文そのものはウェブページから可能(イタリア語のみ)なのですが、国外発送を受け付けていないので色々な助けを借りてなんとか入手、という感じです。
実物は写真の印象よりも一冊が大きく立派な本でした。このシリーズは全45冊ということで、全てが入手できるかはわかりませんが、最新のムナーリの教育に関する資料なのでじっくり調べていきたいと思います。。。
360.Frottage(Magis) ― 2022年04月07日 08:03
ムナーリの教育玩具に関わるデザインコンペティションを勝ち抜いた子どものためのプロダクトがイタリアで商品化されたそうです。
なんとデザイナーのデニス・グイドーネさんは現在日本で活躍されているとわかりました。なお商品化にはムナーリのお弟子さんだったレステッリさんが協力しています。
https://www.denisguidonedesign.com/
このプロダクトは「フロッタージュ」と名付けられたシリコン製のシートのセットで、表面にはさまざまな凸凹がデザインされていてその上に紙をのせてクレヨンなどでこすると模様が浮かび上がります。
この発想はムナーリが「ブレラ美術館のワークショップ」で「テクスチャー」と名付けて実践したものから生まれたようです。
日本にもショールームのある「Magis(マジス)」から商品化され、2022年現在青山のショールームでも現物を見ることができます。
なんとデザイナーのデニス・グイドーネさんは現在日本で活躍されているとわかりました。なお商品化にはムナーリのお弟子さんだったレステッリさんが協力しています。
https://www.denisguidonedesign.com/
このプロダクトは「フロッタージュ」と名付けられたシリコン製のシートのセットで、表面にはさまざまな凸凹がデザインされていてその上に紙をのせてクレヨンなどでこすると模様が浮かび上がります。
この発想はムナーリが「ブレラ美術館のワークショップ」で「テクスチャー」と名付けて実践したものから生まれたようです。
日本にもショールームのある「Magis(マジス)」から商品化され、2022年現在青山のショールームでも現物を見ることができます。
359.ムナーリのメソッドで作って学ぶ本 ― 2021年08月21日 19:59
イタリアのブルーノ・ムナーリ協会が監修した、ムナーリの教育メソッドで作ったり描いたりしながら学ぼう、という子どものための図書シリーズがイタリアで刊行開始だそうです。
第一巻は8月28日発売だそうですが、日本で手に入れるにはちょっと工夫がいりそうです。
第一巻は8月28日発売だそうですが、日本で手に入れるにはちょっと工夫がいりそうです。
356.子どものための造形を考えた日本人 ― 2021年05月16日 21:10
ムナーリと直接関わらないトピックなのですが、日本にもムナーリと同時代に、こどものための造形教育について深く考えた教育者がいます。
その一人、藤田復生(1910-1999)の著書『幼児の造形 紙』(1970、フレーベル館)には、ムナーリのアプローチとの共通点が感じられます。
乳児期の造形活動
幼児の生活の中で、紙に対する経験は, かなり早く, 満1歳の乳児の頃より, 無心に破る行為が始まり, 2歳を過ぎる頃から, はさみを与えると, 紙を切ることを始めます。 (もっとも, 家庭によって, はさみを与える時期の,早い遅いはありますが)
また, 同じ頃に, 紙と描くものを手にすれば, 描画が始まり, 紙で物を包もうとする行為が見られ,たたむ・まるめる・くるむなどの行為が見られます。 この時代は,まだ,紙でものを作る意志や意欲は見られませんが,破ること,切ること,たたむことに興味を示します。破ることも,切ることも, 一種の破壊行動で,心身の発達からみても,単一動作です。
すなわち,破るにしても,縦に力いっばい引きさくことだけで,指先の調整は見られません。はさみも同様で単一動作の切り方で,切ることだけにとどまります。
3歳児期の造形活動 満3歳を過ぎると,指の調整ができ,連続動作に移り,連続した直線切りに移ります。はさみの使用は,家庭の生活で,兄弟のいる,いないによっても,経験の量の多少によっても,発達の個人差によっても,能力の差はありますが,幼稚園の3歳の集団でみると,その差の幅は5カ月ぐらいです。 したがって,はさみの経験を, 3歳からはじめて持ったとしても,約半年の間には,完全な連続切りが可能になるといえます。(これは,個人差がありますが)
曲線切りは,かなりむずかしく,さらに,半年ほど遅れます。形を切り抜く意図がみられるのも,描画に形の形成がみられてからといえます。
破ることは,比較的早く始まりますが,ちぎることより,切ることの方が先行します。これは,指先の器用性の発達にしたがって,可能になるからです。
折ることについては, 3歳6カ月になると,三角折り四角折りは,大半の幼児が可能で,かなりの正確度をもって,折ることができます。いうまでもなく,三角折りの頂点を合わせることが,視覚と手の共応作用でできてくるからです。四角折りも,一辺合わせ一角合わせの原則によって視点を一カ所にしぼることが大切です。
そして,三角・四角という言葉の概念の理解ができるということや,半分という概念が形成されたことになります。
このような造形作業は, 指導者の子どもへの話しかけ (説明) やほんの少しばかりの注意によって, 理解の度合いが違ってくるので, 教師は注意しなければいけません。
たとえば, 正方形の紙のときと, 長方形の場合は, 辺の長短という, 2 つの要素がありますので, <2つに折る> <半分に折る>という言葉が, 2通りになりますので, 教師が見せながら, 説明することは当然ですし, 短い, 長いの言葉を理解できる段階にあるか, ないかということが, 重大な結果を示すことになります。
また, 3歳児では, <2つに折る> という言葉よりも, <半分に折る>という言葉を用いることが大切です。2つということは,子どもにとって,別々なものを意味することが多いからです。
3歳6カ月頃では,長い,短いの概念がはっきりしていませんので, 一般には.理解されにくいものと考えなければなりません。
<まるめる>ことも, 3歳では,円錐の場合,紙の張りがあるので,糊づけができません。しかし,円筒ならば,細く巻いて,糊づけをして止めることができます。
したがって, 3歳では,紙の造形は,あまり技術的なものを避け,ごく基本的な折りたたみを考え,平面的な作業を基本と考えなければなりません。
ただ,その中に.多少の立体的なものを加えていかなければ,意欲を失いますから, できる範囲で, 子どもに形を作らせ, 教師が接着を助けてや るようにします。
たとえば, 図のようなかごを作らせるときは. 半円形の紙を円錐にしぼることはできますから, それを持たせたまま, 教師がセロテープで止めるとか,ホチキスで止めるとかして,細長く切った紙で手をつけることをさせるようにして,教師と子どもの合作にすることです。
風車を作る場合も,対角線折りや,直線切りのはさみも入れられます。はさみを入れる前に,十分でなくとも,好みの色で,色づけができますから, あとの組立は, 教師がしなければなりません。 ですから, まだ, 3歳では,くふうするまでにはなりませんので,意欲を高めることが大切なのです。 3歳児が使うのによい紙質は,色紙程度の薄紙から,薄手中厚の紙が切りやすく,折りやすいのです。
障子紙も, 4つたたみまでは,切れるはさみなら,重ねて直線切りができますので,水彩絵具で,のびのびとかいた障子紙で,のれんなどが作れます。
このように,教師が,紙の質と, 3歳児にできる技法を考え出すことが大切です。
ムナーリと比較すると、上に紹介した藤田のアプローチは「子どもに表現技術を会得させる」部分が意識されている、という点でモンテッソーリに近いのかもしれませんが、藤田は造形技術の獲得の先に子どもの自由な応用表現の可能性について述べていて、いわばイタリアから遠く離れた日本で、モンテッソーリとムナーリを繋ぐようなアプローチを考え実践していた、とも思えます。
その一人、藤田復生(1910-1999)の著書『幼児の造形 紙』(1970、フレーベル館)には、ムナーリのアプローチとの共通点が感じられます。
乳児期の造形活動
幼児の生活の中で、紙に対する経験は, かなり早く, 満1歳の乳児の頃より, 無心に破る行為が始まり, 2歳を過ぎる頃から, はさみを与えると, 紙を切ることを始めます。 (もっとも, 家庭によって, はさみを与える時期の,早い遅いはありますが)
また, 同じ頃に, 紙と描くものを手にすれば, 描画が始まり, 紙で物を包もうとする行為が見られ,たたむ・まるめる・くるむなどの行為が見られます。 この時代は,まだ,紙でものを作る意志や意欲は見られませんが,破ること,切ること,たたむことに興味を示します。破ることも,切ることも, 一種の破壊行動で,心身の発達からみても,単一動作です。
すなわち,破るにしても,縦に力いっばい引きさくことだけで,指先の調整は見られません。はさみも同様で単一動作の切り方で,切ることだけにとどまります。
3歳児期の造形活動 満3歳を過ぎると,指の調整ができ,連続動作に移り,連続した直線切りに移ります。はさみの使用は,家庭の生活で,兄弟のいる,いないによっても,経験の量の多少によっても,発達の個人差によっても,能力の差はありますが,幼稚園の3歳の集団でみると,その差の幅は5カ月ぐらいです。 したがって,はさみの経験を, 3歳からはじめて持ったとしても,約半年の間には,完全な連続切りが可能になるといえます。(これは,個人差がありますが)
曲線切りは,かなりむずかしく,さらに,半年ほど遅れます。形を切り抜く意図がみられるのも,描画に形の形成がみられてからといえます。
破ることは,比較的早く始まりますが,ちぎることより,切ることの方が先行します。これは,指先の器用性の発達にしたがって,可能になるからです。
折ることについては, 3歳6カ月になると,三角折り四角折りは,大半の幼児が可能で,かなりの正確度をもって,折ることができます。いうまでもなく,三角折りの頂点を合わせることが,視覚と手の共応作用でできてくるからです。四角折りも,一辺合わせ一角合わせの原則によって視点を一カ所にしぼることが大切です。
そして,三角・四角という言葉の概念の理解ができるということや,半分という概念が形成されたことになります。
このような造形作業は, 指導者の子どもへの話しかけ (説明) やほんの少しばかりの注意によって, 理解の度合いが違ってくるので, 教師は注意しなければいけません。
たとえば, 正方形の紙のときと, 長方形の場合は, 辺の長短という, 2 つの要素がありますので, <2つに折る> <半分に折る>という言葉が, 2通りになりますので, 教師が見せながら, 説明することは当然ですし, 短い, 長いの言葉を理解できる段階にあるか, ないかということが, 重大な結果を示すことになります。
また, 3歳児では, <2つに折る> という言葉よりも, <半分に折る>という言葉を用いることが大切です。2つということは,子どもにとって,別々なものを意味することが多いからです。
3歳6カ月頃では,長い,短いの概念がはっきりしていませんので, 一般には.理解されにくいものと考えなければなりません。
<まるめる>ことも, 3歳では,円錐の場合,紙の張りがあるので,糊づけができません。しかし,円筒ならば,細く巻いて,糊づけをして止めることができます。
したがって, 3歳では,紙の造形は,あまり技術的なものを避け,ごく基本的な折りたたみを考え,平面的な作業を基本と考えなければなりません。
ただ,その中に.多少の立体的なものを加えていかなければ,意欲を失いますから, できる範囲で, 子どもに形を作らせ, 教師が接着を助けてや るようにします。
たとえば, 図のようなかごを作らせるときは. 半円形の紙を円錐にしぼることはできますから, それを持たせたまま, 教師がセロテープで止めるとか,ホチキスで止めるとかして,細長く切った紙で手をつけることをさせるようにして,教師と子どもの合作にすることです。
風車を作る場合も,対角線折りや,直線切りのはさみも入れられます。はさみを入れる前に,十分でなくとも,好みの色で,色づけができますから, あとの組立は, 教師がしなければなりません。 ですから, まだ, 3歳では,くふうするまでにはなりませんので,意欲を高めることが大切なのです。 3歳児が使うのによい紙質は,色紙程度の薄紙から,薄手中厚の紙が切りやすく,折りやすいのです。
障子紙も, 4つたたみまでは,切れるはさみなら,重ねて直線切りができますので,水彩絵具で,のびのびとかいた障子紙で,のれんなどが作れます。
このように,教師が,紙の質と, 3歳児にできる技法を考え出すことが大切です。
ムナーリと比較すると、上に紹介した藤田のアプローチは「子どもに表現技術を会得させる」部分が意識されている、という点でモンテッソーリに近いのかもしれませんが、藤田は造形技術の獲得の先に子どもの自由な応用表現の可能性について述べていて、いわばイタリアから遠く離れた日本で、モンテッソーリとムナーリを繋ぐようなアプローチを考え実践していた、とも思えます。
351.「ムナーリ・メソッド」-14 ― 2020年12月10日 22:09
p12(13)
“Nei primi anni di vita, l’individuo si forma e resterà tale per tutta la vita. Dipende dagli educatori se questa persona sarà poi una persona creativa o un semplice ripetitore di codici.
「人生の最初の数年間で個人が形成され、それは生涯にわたって維持される。人が将来、創造的な人になるか単純なコードを繰り返す人になるかは、教育者によるだろう。
Dipende da questi primissimi anni, dall’esperienza e dalla memorizzazione di dati, se l’individuo sarà libero o condizionato. Gli adulti dovrebbero rendersi conto di questa grandissima responsabilità dalla quale dipende il futuro della società umana”. ( Bruno Munari )
それは、これらの生まれたばかりの時期の経験、記憶によって、個人が自由になるのか条件に縛られるのかを決める。大人は人間の社会の未来がかかっている、この大きな責任を自覚しなければならない」( ブルーノ・ムナーリ )
BIBLIOGRAFIA
Munari A.(1986), Munari interroga Munari, Domus, n.677
アルベルト・ムナーリ、「ムナーリによるムナーリへの質問」、『ドムス』677号、1986
Munari A.(1994), Appunti metodologici per i laboratori “Giocare con l’arte”. Quaderni Gruppo Immagine, 2, 1-12
アルベルト・ムナーリ、「”アートであそぼう”ワークショップの方法論的注意事項」、『Quaderni Gruppo Immagine』、2, 1-12、1994
Munari A.( 2007 ),Con mio padre nel suo studio, in Piccardo A., Nello studio con Munari, Corraini, Mantova
(この項おわり)
“Nei primi anni di vita, l’individuo si forma e resterà tale per tutta la vita. Dipende dagli educatori se questa persona sarà poi una persona creativa o un semplice ripetitore di codici.
「人生の最初の数年間で個人が形成され、それは生涯にわたって維持される。人が将来、創造的な人になるか単純なコードを繰り返す人になるかは、教育者によるだろう。
Dipende da questi primissimi anni, dall’esperienza e dalla memorizzazione di dati, se l’individuo sarà libero o condizionato. Gli adulti dovrebbero rendersi conto di questa grandissima responsabilità dalla quale dipende il futuro della società umana”. ( Bruno Munari )
それは、これらの生まれたばかりの時期の経験、記憶によって、個人が自由になるのか条件に縛られるのかを決める。大人は人間の社会の未来がかかっている、この大きな責任を自覚しなければならない」( ブルーノ・ムナーリ )
BIBLIOGRAFIA
Munari A.(1986), Munari interroga Munari, Domus, n.677
アルベルト・ムナーリ、「ムナーリによるムナーリへの質問」、『ドムス』677号、1986
Munari A.(1994), Appunti metodologici per i laboratori “Giocare con l’arte”. Quaderni Gruppo Immagine, 2, 1-12
アルベルト・ムナーリ、「”アートであそぼう”ワークショップの方法論的注意事項」、『Quaderni Gruppo Immagine』、2, 1-12、1994
Munari A.( 2007 ),Con mio padre nel suo studio, in Piccardo A., Nello studio con Munari, Corraini, Mantova
(この項おわり)
350.「ムナーリ・メソッド」-13 ― 2020年11月22日 11:22
p11(12)
Quali sono le fasi che concretamente caratterizzano un’ esperienza di laboratorio Metodo Munari?
Il laboratorio inizia ben prima del suo svolgersi, con un’accurata fase di ricerca, di sperimentazione e di prove che deve essere curata dall’operatore o dal gruppo di progetto.
ムナーリ・メソッドのワークショップ体験を具体的に特徴づけるフェーズとはなにか?
ワークショップでは運営者やプロジェクトチームがケアすべき研究、実験、試行の正確なフェーズが、実施前から始められる。
La ricerca può riguardare vari aspetti che si considerano fondanti per quello specifico laboratorio. Per esempio: una tecnica nelle sue declinazioni, piuttosto che un materiale nelle sue variabili, oppure le possibilità espresse da un’ azione, o ancora la sperimentazione a partire dalle ricerche di un determinato artista. Il laboratorio non può essere solo immaginato: va accuratamente progettato e sperimentato prima di proporlo all’utenza finale.
そこでは特定のワークショップのためのベースとなる様々な側面をカバーしていく。例えば、素材よりも、可能性のある技術、あるいは行動によって表現される可能性、あるいは特定のアーティストの研究から始まる実験など。ワークショップは想像するだけでは不十分で、最終的な参加者に対し提案する前に慎重に設計し、実験しなければならない。
Questo non significa che ciò permetta di tenere sotto controllo tutte la variabili. Cosa che non si desidera neppure, perché nell’ambito di ogni azione con il pubblico sono veramente molteplici gli elementi innovativi, le scelte personali, le idee che i partecipanti mettono in campo.
これは、すべての可能性を制御下におくことができるという意味ではない。一般の人々との行動には、本当に思いがけない、多くの革新的な要素、個人的選択、参加者からのアイデアがある。
Tanto che si può dire che ogni laboratorio è un apprendimento continuo per tutti, anche e soprattutto per l’operatore. Dopo si passa all’allestimento dello spazio: del tavolo, delle pareti e di eventuali spazi accessori per la presentazione e l’osservazione di ciò che verrà sperimentato.
すべてのワークショップは、誰にとっても、また何よりもオペレーターにとって、継続的な学習であると言えるのだ。そして次に、テーブルや壁、材料道具のスペースなどの空間のセッティングに移る。
Ovviamente tali allestimenti variano a secondo della tipologia di esperienza che si vuole proporre: un’ attività tattile per piccolissimi avrà esigenze ben differenti da un laboratorio sulla natura per ragazzi delle medie, piuttosto che un’esperienza di proiezioni dirette per adulti o di un laboratorio del libro per genitori e bambini insieme.
これらの道具準備は、提案する経験の種類によって異なる。幼児向けの触覚活動では、大人が直接投影的な体験をするが、親子一緒に本のワークショップをするのと中学生向けの自然ワークショップとではニーズが大きく異なる。
A quel punto, tutto è pronto per il laboratorio e per l’accoglienza dei partecipanti; talvolta prendendosi ancora il tempo per predisporre una piccola “sorpresa” che generi curiosità ed introduca alla tematica oggetto del laboratorio. Per esempio un allestimento tattile, posizionato in prossimità dell’ingresso, può immediatamente incuriosire.
こうして、ある時点でワークショップと参加者の受け入れ準備はすべて整っていくが、時にはあえて時間をかけて小さな「サプライズ」を用意しワークショップのテーマを紹介する。例えば、入り口付近に触覚的な仕掛けを設定をすることで、すぐに参加者の好奇心を刺激することができる。
Il laboratorio viene avviato da quella che definiamo “azione-gioco”: di fatto un gesto, un’ azione che viene fatta dall’operatore per dare il via alla sperimentazione, invitando tutti a provare. E’ importante in questa fase privilegiare l’azione rispetto alle parole.
ワークショップは私たちが「アクションゲーム」と呼ぶものから始まる:それはオペレーターが実験を開始するためのアクションであり、ジェスチャーによって参加者を誘って実験を始める。この段階では言葉よりも行動を優先することが重要となる。
Dopo di che ci si prende tutto il tempo per un’accurata sperimentazione, durante la quale l’operatore sarà presente per ogni supporto tecnico, per offrire rimandi che creano relazione tra le varie esperienze, anche con riflessioni, misurate dall’attenzione verso il “quanto basta”, ma senza intervenire sul progetto personale di ciascuno.
その後私たちは、のこりの時間を正確な実験のために費やし、その間オペレーターはそれぞれの個人的なプロジェクトに介入することなく、「何が十分か」に注意を払いながら測られる結果にもとづいて、それぞれの技術的なサポートのために介在し、様々な経験同士の関係を作るきっかけを提供する。
Al termine dell’azione vi sarà una fase di restituzione collettiva, che fa emergere e fissa gli apprendimenti. Questa avviene, solitamente, attraverso un’ osservazione dettagliata di quanto sperimentato ed il commento di chi ha partecipato.
実践の最後には、学びを引き出し修正する集団的な振り返りの段階がある。通常ここで、体験や参加した人のコメントの詳細な観察が行われる。
E’ attenzione dell’operatore, curare sempre la documentazione dell’esperienza, che sarà attenta non solo agli esiti, ma soprattutto al processo che si è generato.
結果だけでなく何よりも生成されるプロセスに常に気を配ることが、経験のドキュメンテーションを担うオペレーターの仕事である。
Un’esperienza di laboratorio di questo tipo che, come si può notare, è piuttosto articolata, può avere una durata anche di due ore e mezza, durante le quali i bambini sono assolutamente centrati sulla loro ricerca e non domandano mai “ è finito ?”; anzi il problema è, ora come allora, quello di smettere.
このワークショップでの経験は非常に明らかで、二時間半も続き、その間子どもたちは研究に集中して、決して「これで終わり?」とは聞いてこない。問題はむしろいつでも、それを止めるタイミングなのだ。
Quali sono le fasi che concretamente caratterizzano un’ esperienza di laboratorio Metodo Munari?
Il laboratorio inizia ben prima del suo svolgersi, con un’accurata fase di ricerca, di sperimentazione e di prove che deve essere curata dall’operatore o dal gruppo di progetto.
ムナーリ・メソッドのワークショップ体験を具体的に特徴づけるフェーズとはなにか?
ワークショップでは運営者やプロジェクトチームがケアすべき研究、実験、試行の正確なフェーズが、実施前から始められる。
La ricerca può riguardare vari aspetti che si considerano fondanti per quello specifico laboratorio. Per esempio: una tecnica nelle sue declinazioni, piuttosto che un materiale nelle sue variabili, oppure le possibilità espresse da un’ azione, o ancora la sperimentazione a partire dalle ricerche di un determinato artista. Il laboratorio non può essere solo immaginato: va accuratamente progettato e sperimentato prima di proporlo all’utenza finale.
そこでは特定のワークショップのためのベースとなる様々な側面をカバーしていく。例えば、素材よりも、可能性のある技術、あるいは行動によって表現される可能性、あるいは特定のアーティストの研究から始まる実験など。ワークショップは想像するだけでは不十分で、最終的な参加者に対し提案する前に慎重に設計し、実験しなければならない。
Questo non significa che ciò permetta di tenere sotto controllo tutte la variabili. Cosa che non si desidera neppure, perché nell’ambito di ogni azione con il pubblico sono veramente molteplici gli elementi innovativi, le scelte personali, le idee che i partecipanti mettono in campo.
これは、すべての可能性を制御下におくことができるという意味ではない。一般の人々との行動には、本当に思いがけない、多くの革新的な要素、個人的選択、参加者からのアイデアがある。
Tanto che si può dire che ogni laboratorio è un apprendimento continuo per tutti, anche e soprattutto per l’operatore. Dopo si passa all’allestimento dello spazio: del tavolo, delle pareti e di eventuali spazi accessori per la presentazione e l’osservazione di ciò che verrà sperimentato.
すべてのワークショップは、誰にとっても、また何よりもオペレーターにとって、継続的な学習であると言えるのだ。そして次に、テーブルや壁、材料道具のスペースなどの空間のセッティングに移る。
Ovviamente tali allestimenti variano a secondo della tipologia di esperienza che si vuole proporre: un’ attività tattile per piccolissimi avrà esigenze ben differenti da un laboratorio sulla natura per ragazzi delle medie, piuttosto che un’esperienza di proiezioni dirette per adulti o di un laboratorio del libro per genitori e bambini insieme.
これらの道具準備は、提案する経験の種類によって異なる。幼児向けの触覚活動では、大人が直接投影的な体験をするが、親子一緒に本のワークショップをするのと中学生向けの自然ワークショップとではニーズが大きく異なる。
A quel punto, tutto è pronto per il laboratorio e per l’accoglienza dei partecipanti; talvolta prendendosi ancora il tempo per predisporre una piccola “sorpresa” che generi curiosità ed introduca alla tematica oggetto del laboratorio. Per esempio un allestimento tattile, posizionato in prossimità dell’ingresso, può immediatamente incuriosire.
こうして、ある時点でワークショップと参加者の受け入れ準備はすべて整っていくが、時にはあえて時間をかけて小さな「サプライズ」を用意しワークショップのテーマを紹介する。例えば、入り口付近に触覚的な仕掛けを設定をすることで、すぐに参加者の好奇心を刺激することができる。
Il laboratorio viene avviato da quella che definiamo “azione-gioco”: di fatto un gesto, un’ azione che viene fatta dall’operatore per dare il via alla sperimentazione, invitando tutti a provare. E’ importante in questa fase privilegiare l’azione rispetto alle parole.
ワークショップは私たちが「アクションゲーム」と呼ぶものから始まる:それはオペレーターが実験を開始するためのアクションであり、ジェスチャーによって参加者を誘って実験を始める。この段階では言葉よりも行動を優先することが重要となる。
Dopo di che ci si prende tutto il tempo per un’accurata sperimentazione, durante la quale l’operatore sarà presente per ogni supporto tecnico, per offrire rimandi che creano relazione tra le varie esperienze, anche con riflessioni, misurate dall’attenzione verso il “quanto basta”, ma senza intervenire sul progetto personale di ciascuno.
その後私たちは、のこりの時間を正確な実験のために費やし、その間オペレーターはそれぞれの個人的なプロジェクトに介入することなく、「何が十分か」に注意を払いながら測られる結果にもとづいて、それぞれの技術的なサポートのために介在し、様々な経験同士の関係を作るきっかけを提供する。
Al termine dell’azione vi sarà una fase di restituzione collettiva, che fa emergere e fissa gli apprendimenti. Questa avviene, solitamente, attraverso un’ osservazione dettagliata di quanto sperimentato ed il commento di chi ha partecipato.
実践の最後には、学びを引き出し修正する集団的な振り返りの段階がある。通常ここで、体験や参加した人のコメントの詳細な観察が行われる。
E’ attenzione dell’operatore, curare sempre la documentazione dell’esperienza, che sarà attenta non solo agli esiti, ma soprattutto al processo che si è generato.
結果だけでなく何よりも生成されるプロセスに常に気を配ることが、経験のドキュメンテーションを担うオペレーターの仕事である。
Un’esperienza di laboratorio di questo tipo che, come si può notare, è piuttosto articolata, può avere una durata anche di due ore e mezza, durante le quali i bambini sono assolutamente centrati sulla loro ricerca e non domandano mai “ è finito ?”; anzi il problema è, ora come allora, quello di smettere.
このワークショップでの経験は非常に明らかで、二時間半も続き、その間子どもたちは研究に集中して、決して「これで終わり?」とは聞いてこない。問題はむしろいつでも、それを止めるタイミングなのだ。
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